「求婚者の話」(久米正雄)

味わいどころはずばり、「鈴木君」のキャラクター

「求婚者の話」(久米正雄)
(「学生時代」)旺文社文庫

「求婚者の話」(久米正雄)
(「百年文庫052 婚」)ポプラ社

単刀直入を身上とする
大学生「鈴木君」は、
窓下を眺めていて見つけた
洋傘の娘に一目惚れする。
下宿を飛び出た「鈴木君」は、
彼女の後を追跡する。
「これはこんなに
愚図々々していられない。
己はあの人をどうしても
妻にしなければ」…。

明治生まれの世代に、
まだまだこんな面白い作家が
潜んでいたとは驚きです。
久米正雄
書店でまったく見かけることのない
作家ですが、なんと漱石門下であり、
芥川と親友どうしという
血統のよい作家なのでした。
本作品「求婚者の話」は
そんな久米の実力が
発揮された作品といえます。
味わいどころはずばり、主人公
「鈴木君」のキャラクターにつきます。

〔登場人物〕
「鈴木君」(鈴木八太郎)

…法科大学生。下宿の窓から見つけた
 女性に一目惚れ。三十分で婚約まで
 こぎ着ける。単刀直入な男。
鈴木(山田)時子
…「鈴木君」に見初められた娘。
 妻となる。
山田頼母
…時子の父親。見かけて三十分で
 娘を貰いに来た「鈴木君」に
 結婚を許可する器の大きな人物。
鈴木輝子
…「鈴木君」と時子の娘。
福田
…輝子をもらい受けようと
 直談判しにきた学生。

本作品の味わいどころ①
どこまでも一直線な男「鈴木君」

美しい娘に一目惚れする。
それはよくあることでしょう。
でも、わざわざ尾行して
自宅を突き止める。
それはなかなかいません。
現代ならストーカー行為、
犯罪の一歩手前
(訴えられれば立派な犯罪)です。
いや、仮に自宅を突き止めたとしても、
そこですぐさま上がり込んで
結婚を直談判するなど、
絶対に有り得ないでしょう。
こんな破天荒な行為は、
虚構の世界でしか有り得ないのです。
だからこそ面白いのです。
現実離れした、どこまでも一直線な男
「鈴木君」の強烈な個性を、
まずはしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
どこまでも夢を追う男「鈴木君」

それなりの家柄の娘を
もらい受けようとしても、
養う財がなくては面目が立ちません。
彼は三年の猶予をもらい、
その間に成功を収めると
二人に約束するのです。
たかが法科大学生が、
三年で財を築けるなら、
世の中何の苦労もありません。
ところが「鈴木君」は
それを成し遂げるのです。
中国に渡り、
身体を張って有望な鉱山を発見、
直ぐに上海の経済状況を調査、
その上で日本に引き返し、
有力企業に上海支店の設置とその営業を
任せてもらえるようにまたもや直談判。
見事に経営を軌道に乗せるのです。
こんなトントン拍子で進む物事など、
虚構の世界でしか有り得ないのです。
だからこそ面白いのです。
猪突猛進する、どこまでも夢を追う男
「鈴木君」の鮮烈な個性を、
次に十分に味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
どこまでも我が儘な男「鈴木君」

それから二十年後、鈴木夫妻の娘も
適齢期に差し掛かります。
何とかつての自分のように、
法科大学生・福田が
娘をもらい受けるために
直談判しにきたのです。
「鈴木君」はどう対応するか?
ここはぜひ読んで確かめてください。
読み手の予想を裏切り、
どこまでも我が儘を貫き通す男
「鈴木君」の激烈な個性を、
最後にじっくり
噛みしめるように味わいましょう。

我が儘でありながらも、
「鈴木君」の論旨は示唆に富んでいます。
「人生に於ては、
 少くとも自分の個性と云うものを
 持っている限り、
 飽くまで自分の生き方を
 肯定するけれども、それと同時に
 他人は自分と異った生き方を
 してくれるようにと望むものだ」

今日のオススメ!

小説を味わうことは、
虚構の世界を堪能することです。
ぜひ本作品でしか味わえない
「鈴木君」の猛烈な個性を
ご賞味ください。

(2024.5.14)

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受験生の手記

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鉄拳制裁
嫌疑
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復讐
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求婚者の話
万年大学生

「学生時代」旺文社文庫

〔「百年文庫052 婚」〕
求婚者の話 久米正雄
下宿屋 ジョイス
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「百年文庫052 婚」ポプラ社

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