「書斎の死体」(クリスティ)

「書斎」と「若い女性の死体」、その顛末は…

「書斎の死体」
(クリスティ/山本やよい訳)
 ハヤカワ文庫

「書斎に死体があるんです」。
泣きじゃくるメイドの声で
目覚めたバンドリー夫人。
退役軍人である夫が
書斎を確認すると、
そこには確かに
濃い化粧で派手な服を着た
若い女性の死体が転がっていた。
夫人はミス・マープルに
電話をする…。

アガサ・クリスティ
ミス・マープル・シリーズ
2作目となります。
退役軍人というお堅い人物の屋敷の、
書斎というお堅い場所に、
髪も爪も染めた
チャラチャラした若い女性の死体が
転がっているという、
何ともちぐはぐな設定ですが、
だからこそ、そこには
深い謎が横たわっているのです。

〔主要登場人物〕
ジェーン・マープル

…セント・メアリー・リードに住む
 探偵好きな独身の老婦人。
アーサー・バントリー
…退役軍人(大佐)で地方行政官。
 邸宅の書斎で死体が発見される。
ドリー・バントリー
…アーサーの妻。
 ミス・マープルに出馬を要請する。
メアリ
…バントリー家のメイド。
ロリマー
…バントリー家の執事。
ルビー・キーン
…バントリー邸書斎において
 遺体で発見された女性。ダンサー。
 本名はロージー・レッグ。18歳。
ジョゼフィン・ターナー(ジョージー)
…ダンサー。ルビーの従姉。
 遺体がルビーであることを証言する。
コンウェイ・ジェファースン
…富豪。飛行機事故で妻、娘ロザモンド、
 息子フランクを亡くし、
 自身も両脚切断の大怪我を負う。
 ルビーを養女にする予定だった。
アデレード・ジェファースン
…コンウェイの義理の娘。故フランク
 (フランクは二番目の夫)の妻。
ピーター・カーモディ
…アデレードと前夫・カーモディとの
 息子。探偵小説好きな少年。
ヒューゴ・マクリーン
…アデレードの恋人。
マーク・ギャスケル
…コンウェイの義理の息子。
 故ロザモンドの夫。
エドワーズ
…ジェファースン家の使用人。
メトカーフ
…医師。コンウェイの主治医。
レイモンド・スター
…ダンサーでテニスの教師。
 仕事(ダンス)でジョージーと
 コンビを組む。
バジル・ブレイク
…撮影所の大道具係。若い女と同棲中。
ダイナ・リー
…バジルと同棲している女性。
ジョージ・バートレット
…ルビーの知人。車を盗まれる。
パメラ・リーヴズ
…ガール・ガイド団員。
 ジョージの盗まれた車の中で
 焼死体で発見される。
フロレンス・スモール
…パメラの友人。
 マープルにパメラのことを証言する。
プレスコット
…マジェスティック・ホテル支配人。
バートレット…ホテルの客。
ヘイドック…医師。検視を担当した。
ヘンリー・クリザリング卿
…元警視総監。
メルチェット
…ラドフォードシャー州警察本部長。
スラック
…ラドフォードシャー州警察警部。
 メルチェットの部下。
ポーク
…ラドフォードシャー州警察巡査。
 スラックの部下。
ハーパー
…グレンシャー州警察警視。
ヒギンズ
…グレンシャー州警察巡査部長。
キャロライン・ウェザビー
アマンダ・ハートネル
プライス・リドリー

…ミス・マープルの友人。
クレメント
…セント・メアリー・リードの牧師。
 前作「牧師館の殺人」の語り手。
グリセルダ…クレメントの妻。

本作品の味わいどころ①
死体が発見されたバントリー家の事情

朝起きたら書斎に
見も知らない女性の死体があった。
「そんな馬鹿なことが起こるものか」
という事件が起こったのです。
バントリー大佐は果たして事件(死体)と
関わっているのかいないのか、
関わっているとすれば
どんな関係があるのか、
それが事件の第一の謎であるとともに、
本作品の第一の
味わいどころとなっているのです。

それにしても書斎で死体が発見される
ミステリは数多くあります。
そもそもマープル・シリーズの前作
「牧師館の殺人」からして
書斎での死体発見なのですから。
書斎での死体発見は、
その家の主人が怪しいと見せかけて
実は犯人は…、という
作者の仕掛けです。
「牧師館」もまさにそうでした。
しかし今回の主人バントリー大佐は、
いかにも無関係に見えて
実は犯人なのか、
それとも少しだけ関係がありながらも
実は犯人ではないのか、
終盤までまったく判断がつきません。
クリスティの仕掛けた罠に、
素直にはまりましょう。

本作品の味わいどころ②
死体の女性とジェファースン家の事情

死体で発見された女性・ルビーが
行方不明であることを
警察に通報したジェファースンは、
何とルビーを養女にする
一歩手前だったのです。
多くの遺産が彼女におくられる、
その前に起きた殺人事件!
ジェファーソンには
娘婿と息子の嫁とがいて、
遺産がらみであれば、
十分な動機を持っているのです。
さらには、ルビーには
若い愛人がいたのではないかという
証言も飛び出し、
ジェファーソンの嫉妬による
殺人の可能性も浮上してくるのです。
被害者を含め、関係者はみな
表と裏の顔を使い分けている、
その中で真実は
いったいどこにあるのか、
それが事件の第二の謎であるとともに、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。

このジェファーソンを巡る人々の
人物設定が細やかであり、
クリスティはそれぞれに
十分な動機を持たせているのです。
その中で誰が殺人にいたったのか?
クリスティの仕掛けた謎に、
どっぷりと浸かりましょう。

本作品の味わいどころ③
活動なき活躍をする老女探偵マープル

そして味わうべきは当然、
ミス・マープルの活躍です。
といっても老女探偵、典型的な
アームチェア・ディテクティブです。
いわば活動なき活躍なのです。
そのために捜査陣の配置も巧妙です。
メルチェット以下の
グレンシャー州警察、および
ラドフォードシャー州警察を動員し、
基本的な捜査を行うのですが、
所詮は凡庸集団です
(警察が凡庸でなければ
探偵のいる意味がない)。
普通であれば探偵が
警察のいたらない点を先回りして
調べ上げるのですが、
ミス・マープルにとってそれは
やや荷が重いと判断したのでしょう、
クリスティはマープルの助手的役割を、
ヘンリー・クリザリング卿に
負わせています。
これでマープルはその頭脳の中で
自由に推理に専念できるのです。

しかも「男性的目線」の捜査陣に
女性関係者への見方を誤らせる一方で、
マープルが「女性目線」で
鋭く分析していくという構図も
出来上がっています。
存在はあくまでも控えめに、
しかし重要な局面では
的確に意見を述べる、
老女探偵マープルならではの活躍こそ、
本作品の最大の
味わいどころといえるのです。
十分に味わいましょう。

本作品の発表は1942年(昭和17年)。
こうした緻密で堅牢な長篇ミステリが、
第二次世界大戦前に完成していたことに
驚きを禁じ得ません。
遅ればせながらクリティの魅力に
はまってしまいましたが、
読了はまだ7冊目。
まだまだ多くの作品を愉しむことの
できる幸せを噛みしめています。

(2024.5.17)

〔関連記事:クリスティ作品〕

〔ミス・マープル・シリーズ〕

Лариса МозговаяによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA