突如として運命は敵意をあらわにし
「燈台守」
(シェンキェヴィチ/吉上昭三訳)
(「百年文庫048 波」)ポプラ社
わたしはくたくたに疲れ、
なにがなんだか
さっぱりわかりません。
おわかりのように、いろんな目に
会ってまいりまして。
ここみたいな場所が、
いちばんあこがれた
ところなのでございます。
もう年もとっていていて、
安らぎがほしい…。
人生の終末において
彼が望んだことはただ一つ。
安らげる場所が欲しい。
彼は運命の味方を得て
それを手に入れるのですが…、
突如として運命は敵意をあらわにし、
物語は悲しみへとたどり着きます。
やるせない読後感で一杯になる、
シェンキェヴィチの傑作短篇です。
〔登場人物〕
スカヴィンスキ
…燈台守の求人に応じた老人。
ポーランド人。誠実な人柄。
アイザック・ファルコンブリッジ
…パナマ駐在アメリカ合衆国領事。
燈台守に欠員が生じたため、
急遽後任人事を託される。
ジョーンズ…港の警備員。
安らぎを求めた老人・
スカヴィンスキの経歴は、
激しい運命の波にもまれる人生でした。
書かれてあるものを抜粋して整理すると
以下のようになります。
①戦場において活躍(戦場不明)
②スペイン・カルロス戦争で活躍
③フランスの戦線で活躍
④アメリカ南北戦争で活躍
⑤オーストラリアにおいて金の採掘
⑥アフリカにおいてダイヤモンドの採掘
⑦東インドにおける政府の雇われ射手
⑧カリフォルニアでの農場経営
→干魃で経営破綻
⑨ブラジル奥地の蛮族相手の商売
→アマゾン川で破船
→命からがらの生還
⑩アーカンサスでの鍛冶屋経営
→大火で店舗焼失
⑪ロッキー山脈でインディアンに捕縛
→カナダ兵によって救出される
⑫大西洋の捕鯨船の銛打ち
→二度も船が難破
⑬ハバナにおいてたばこ工場経営
→共同出資者に横領される
⑭ハンガリーの戦線参加
→手傷を負う
⑮キューバで疫病禍
→所有する薬剤を病人に分け与える
→自らが感染
まるで大河ドラマのような、
波瀾万丈の人生を
歩んできていたのです。
安らぎを求めたくなるのも
うなずけます。
望みが叶った彼は、まさに
燈台守の仕事と生活に満足するのです。
他人との関わりを断ち切り、
孤島の中に立つ燈台の守人として、
孤独な生活に明け暮れるのです。
「老人はしだいに、
独立した人物として
存在することを止め、
自分を取りかこんでいる
自然の中に
ますます融合していったのである」。
そこで終われば小説にはなりません。
彼はさらに運命に弄ばれるのです。
結末である第三章の書き出しは
「だが、目覚めの時が訪れた」。
彼はどう目覚めたのか、
何が彼を目覚めさせたのか、
彼の運命はどう転がっていったのか、
それはぜひ読んで確かめてください。
作者シェンキェヴィチ自身もまた、
作中のスカヴィンスキ同様の
流転する人生を歩んでいます。
自由を求めて(当時のポーランドは
ロシアなどの圧制下にあった)渡米し、
ロサンゼルスでオレンジ農場経営に
乗り出したのですが、
見事に破綻します。
失意の内に帰国した
シェンキェヴィチは、
創作活動に一層打ち込み、
その二年後の1881年、
本作品を書き上げているのです。
スカヴィンスキ老人が求めた
「安楽の地」は、作者自身が
追い求めていたものだったのでしょう。
知らなかったのですが、
このシェンキェヴィチも
ノーベル賞受賞作家なのでした。
確かに短篇ながら濃厚な味わいであり、
心に強く突き刺さってくる作品です。
ぜひご賞味ください。
(2024.5.28)
〔シェンキェヴィチの作品〕
岩波文庫から長篇歴史小説である
「クオ・ヴァディス」が
三分冊で刊行されていましたが、
現在絶版中です。
その漫画化された作品
(藍真理人作:1982年刊行)が、
2013年に復刻、現在紙媒体も流通中、
電子書籍化もなされています。
〔「百年文庫048 波」〕
俊寛 菊池寛
劉廣福 八木義徳
燈台守 シェンキェヴィチ
〔百年文庫はいかがですか〕
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