「百年文庫045 地」

それぞれやや難解な作品たちです。

「百年文庫045 地」ポプラ社

「羊飼イエーリ ヴェルガ」
誠実な仕事ぶりが認められた
羊飼いイエーリは一人前の
生活ができるようになる。
そして幼い頃に結婚の約束をした
マーラと結ばれる。だが彼女は
彼の仕事場のある地には
同行せず、彼が月二回、
彼女に会いに来るという
生活が続く…。

百年文庫第45巻読了です。
テーマは「地」。
「大地」「土地」「地面」…、
つかみ所がないのですが、
三作品に共通する点を
無理に探し出すとすれば
「大自然にひれ伏す人間」という
ところでしょうか。
それぞれやや難解な作品たちです。

〔「百年文庫045 地」〕
羊飼イエーリ ヴェルガ
流されて キロガ
動物 武田泰淳

一作目の「羊飼いイエーリ」からして
難しい作品です。
貧しく、両親に死に別れた少年が、
苦難にめげずに成長し、
仕事ぶりが認められて
一人前の生活ができるようになる。
そして幼い頃に淡い恋心を抱いていた
少女と結ばれる。
どこからみても成功物語、
ハッピーエンドで終わるべき
作品のように思われます。
しかし衝撃的かつ最悪の結末を迎える、
後味の悪い作品となっているのです。

悪人然としたものが
どこにも登場しません。
まさに運命の悲劇としか
言いようがないのです。
最も幸福になるべき人間が、
不幸のどん底に突き落とされる。
読み手はいったいこの物語から
何を学び取ればいいのか?
「地」との関連も今ひとつ不明です。

「流されて キロガ」
男は何か
やわらかい物を踏みつけた。
と、すぐに
足にかみつかれたのが分かった。
前の方へ跳んで、
悪態をつきながら振り返ると、
そこに、次なる攻撃に備えて
とぐろを巻いているヤララクスー
(アメリカハブ)がいた。
男はすばやく…。

二作目「流されて」は、不注意から
毒蛇に噛まれた男の物語です。
毒蛇に咬まれる、といっても、
交通の便がよいところであれば、
血清療法の普及した現代では、
生命の危機は回避できるでしょう。
しかし前世紀初頭の南米であれば、
決してそうはいきません。
死に直面する事態も起きるのです。
さて、
本作品の主人公「男」はどうするか?
息詰まる筋書きが
超スピーディに展開します。

しかしながら単なる
エンターテインメントでないことだけは
確かです。
私たちが読み取るべきは
人の運命のはかなさなのか、
自然の驚異の恐ろしさなのか、
それとも対処を誤ると
命を失うという教訓なのか。
作者は本作品で何を伝えたかったのか?

「動物 武田泰淳」
ナラ、カシ、クワ、コクワ、
アケビ、ヤマブドウ、
木の実の類がほとんど全滅です。
食料欠乏に困り抜いた
動物たちは、危険を冒して
村落に侵入して来ます。
なかでも目立つのは、
何十年と見かけられなかった
熊の徘徊でありました…。

羊、蛇、の次は熊です。
三作目「動物」は、熊の脅威に
さらされる人間が描かれます。
が、しかし、何も解決せぬまま
物語は唐突に終わります。
人間とは何か、
人間と動物の関係はどうあるべきか、
読み終えてなお、
ますます深く考えざるを得ない
作品となっているのです。

人間の存在の根幹に
深く思いを巡らせるべき主題を
内包していると考えられるのですが、
登場する人間三人「南木」「M」「西川」の
人間関係とそこに絡んでくる
「熊の存在」。
この作品もまた
わからないことが多すぎます。

さて、これらの三作品、
共通点はやや曖昧です。
豊かな自然が描かれてはいます。
「羊飼イエーリ」では
シチリアの美しい風景、
「流されて」にはパラナ川の急流など、
脅威を内包した
大自然が登場するのですが、
「動物」にも
それに該当する部分があるとは
言いがたいのです。
「運命に翻弄される人間」もまた
共通点のように見えますが、
この点も「動物」では
関連が薄くなっています。

とはいえ、それぞれ何度も繰り返して
味わいたくなる魅力のある三作品です。
作者は三人ともその名の知られていない
地味な存在であり、
新たな作家との出会いを
果たすこともできます。
注目の一冊といえるでしょう。
ぜひご賞味ください。

(2024.6.11)

〔ジョヴァンニ・ヴェルガについて〕
ジョヴァンニ・ヴェルガ(1840-1922)は
イタリアの小説家であり、
オペラの台本にもなった
「カヴァレリア・ルスティカーナ」の
作者です。
「ヴェリズモ」(現実主義・真実主義)と
称される19世紀イタリア・
リアリズム文芸運動の代表的作家の
一人として知られています。
シチリア島を舞台として、
市井の人々の生活を描いた作品を
世に送り出しています。
現在ではその作品は岩波文庫から短編集
「カヴァレリア・ルスティカーナ」
流通しているのみです。
単行本として
「マラヴォリヤ家の人びと」
出版されましたが、現在絶版中です。

〔オラシオ・キロガについて〕
オラシオ・キロガ(1878-1937)は
ウルグアイの作家です。
学生時代から文学活動に取り組み、
ポーやルゴーネスといった作家の影響を
受けた作風の詩を完成させています。
一時パリに渡るのですが、帰国後、
ブエノス・アイレスに移住。
アルゼンチン北部の
森林地帯に心惹かれ、
密林地と首都を往復しながら
創作生活を送りました。
本作品にはそうした密林での生活が
反映されています。
現在、次の3点が流通しています。

〔武田泰淳について〕
武田泰淳(1912-1976)は、
食人事件を扱った「ひかりごけ」など、
重厚な作品を数多く遺しました。
その作品は現在も流通しているものが
いくつかあります。

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evil0liveによるPixabayからの画像

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