表題だけで終わればいいのですが…。
「あしたは戦争
巨匠たちの想像力・戦時体制」
ちくま文庫
いつはじまって
いつ終わるのかも、
誰がはじめて誰が得するのかも
わからない戦争。
人々は先が見えない不安の中で
右往左往するしかなく、しかし
いやおうなく「戦時体制」に
巻き込まれていく。
いまはいつの時代?
どちらがSFの世界?
「解説 斎藤美奈子」
斎藤美奈子による解説の冒頭の一文
「戦争は、一面では娯楽である」は、
まさしく的を射ています。
私たちは実際、映画やアニメ、
小説などの虚構の世界では
戦争を愉しんでいるのですから。
でも、それが現実となると、
ほぼすべての人間は
拒絶反応を示すに違いありません。
本作品は、
「それが現実となった」世界を
いくつもの切り口で描き上げた
作品群から構成された
アンソロジーです。
〔「あしたは戦争
巨匠たちの想像力・戦時体制」〕
召集令状 小松左京
戦場からの電話 山野浩一
東海道戦争 筒井康隆
悪魔の開幕 手塚治虫
地球要塞 海野十三
芋虫 江戸川乱歩
最終戦争 今日泊亜蘭
名古屋城が燃えた日 辻真先
ポンラップ群島の平和 荒巻義雄
ああ祖国よ 星新一
解説:斎藤美奈子
「東海道戦争 筒井康隆」
SF作家の「おれ」は、
家を出てはじめて街の様子が
おかしいことに気がついた。
自衛隊のヘリコプターや
戦闘機が上空を飛び交う。
トラックや装甲車が
道路を行き交う。
尋ねてみると
戦争が起こったのだという。
一体、敵はどこの国…。
「ああ祖国よ 星新一」
「おい、起きろ、戦争だ…」という
上司の電話で目覚めた「私」。
日本が宣戦布告を受け、
戦争に突入したのだという。
そしてそれは「私」の勤める
テレビ局の特ダネであり、
これから特集番組を
組むのだという。
一体どこの国が日本に…。
戦争に突入する現実が描かれているのが
「東海道戦争」と「ああ祖国よ」の
二篇です。
前者は日本国内における「内戦」、
後者はアフリカの小国・
パギジア共和国(もちろん架空)からの
「侵略」です。
日本のような資源のない小国では、
欧米や中国・ロシアといった
大国との戦争など小説にすら
ならないということでしょうか。
実際にしていた戦争そのものが
滑稽に感じます。
「東海道」と「祖国」の二篇の戦争が、
ある日突然始まるのに対し、
手塚治虫の漫画「悪魔の開幕」は、
「戦争前夜」ともいうべき
暗黒の社会が描かれています。
「巧妙な罠」を張って
首相暗殺を目論んだつもりが、
その暗殺自体が「巧妙な罠」であり、
それに陥った主人公が、
しかし「巧妙な罠」で逆襲する筋書きは、
空恐ろしくなるほどです。
手塚治虫の偉大さが
実感される一篇です。
「悪魔の開幕 手塚治虫」
軍国主義国家を歩んでいる日本。
反政府活動家の岡は、
接触した地下組織のリーダーから
首相暗殺の依頼を受ける。
彼は首相が訪問する劇場に、
自動狙撃銃を仕掛ける。
しかし暗殺は失敗し、
多くの活動家や野党政治家が
逮捕される…。
本アンソロジーには、
ミステリ作家の作品も含まれています。
江戸川乱歩の有名すぎる一篇「芋虫」と
辻真先の「名古屋城が燃えた日」です。
「芋虫 江戸川乱歩」
時子の夫は戦争で
両手両足・聴覚・言語といった
五感のほとんどを失い、
「芋虫」のような醜い姿となっても
生き続けていた。
時子はそんな夫を虐げて
快感を得ることに
心地よさを感じていた。
彼女の嗜虐心はさらに昂ぶり、
ついには…。
「名古屋城が燃えた日 辻真先」
平和な秋晴れの空の日。
仁村昂が妻や娘と
朝の食卓を囲んでいたとき、
八十をすぎた母親が
昔語りをはじめる。
四十年前の名古屋空襲の話だ。
単なるいつもの戦時中の
苦労話だと思って聞いていたが、
それは人を殺めた過去だった…。
「芋虫」はSFというべきかどうかは
疑問の余地がある上、
戦争に関連しているとはいえ
「あしたは」というテーマからも
外れてはいるのですが、
存在感の大きさは群を抜いています。
辻真先の一篇は、次第に雰囲気が
暗く重くなっていくのですが、
最後にそれらは一掃され…、
でも最後にブラックジョークが
待ち構えています。
パラレル・ワールド的SFとしては
次の二篇が挙げられます。
「地球要塞 海野十三」
いよいよ
第三次世界大戦が始まる。
部下からその報告を受けた
「私」=黒馬博士は
日本への帰還を決意する。
しかし彼の乗る潜水艇に
謎の男・X大使が侵入する。
海底の潜水艇に
どうやって潜入したのか?
そして侵入者の目的はいったい…。
「最終戦争 今日泊亜蘭」
米軍機動力の象徴、
サンジャック沖に遊弋している
核熱空母エンタプライズⅣ号に
なにか異変が
あったらしいことは、
宇良木にも、
記者クラブといわず、
宿舎にいるときから
もう分かっていた。
現地人の給仕までが
そわそわしたり…。
海野十三の「地球要塞」は
本書の1/3を占めるほどの分量であり、
読み応えがあります。
今日泊亜蘭の一篇も
ハチャメチャな展開でありながらも
現代を予言したかのようなエッセンスが
ふんだんに盛り込まれていて
背筋が寒くなる思いがします。
本アンソロジー中、
もっとも本格的SF色の強い作品は、
何といっても小松左京「召集令状」と
山野浩一「戦場からの電話」でしょう。
「召集令状 小松左京」
同じ課の新入社員に、ある日、
召集令状が届いた。
「たちの悪いいたずらだ」と
気にも止めずにいたのだが、
次々と日本全国の成年男子に
令状が届きだした。そして、
彼らはみなことごとく失踪し、
その規模は
次第に大きくなっていく…。
「戦場からの電話 山野浩一」
見知らぬ者からかかってきた
救助要請の電話に
「私」は困惑する。
「私」の自宅のすぐ近くで
ゲリラ戦が
行われているのだという。
東京、いや日本のどこでも
戦争などは起きていないはずだ。
私はKと名乗った電話の人物を
捜してみるが…。
どちらも読み手自身が
異空間へ落ち込んだかのような
錯覚を催す作品となっています。
「ポンラップ群島の平和 荒巻義雄」
妻と「私」を乗せた救命艇が
たどり着いたのは、アリシヤ星の
ポンラップ群島だった。
約100年前の調査によると、
原住民の文明は
未開人レベルであり、
しかも好戦的民族であるという。
ようやく原住民と意思疎通を
開始した二人は…。
どうしても沈鬱な雰囲気に
包まれてしまうテーマの
本アンソロジーにとって
唯一の救いは荒巻義雄の
この一篇でしょう。
未開とされていた
アリシヤ星原住民たちの
紛争回避のための文化と習慣が、
平和とは何かを
思い出させてくれるようです。
そしてそれ自体が逆に人間の愚かさを
鋭く指摘しているのです。
それにしても
本書サブタイトルともなっている
「巨匠たちの想像力」には
脱帽しかありません。
いくつかの作品は
戦前に書かれたものでありながらも、
戦後日本の現状を
的確に予言しているのです。
2024年現在、
「ロシアによるウクライナ侵略」
「イスラエルによるガザ侵攻」
「中国による海洋進出」
「北朝鮮の核開発」など、世界は
キナ臭さで一杯になってしまいました。
「あしたは戦争」、
それがアンソロジーの表題だけで
終わればいいのですが…。
(2024.6.13)
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