ホームズが煽る秘密結社の「恐怖」
「オレンジの種五つ」
(ドイル/日暮雅通訳)
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
光文社文庫
嵐の夜に
ホームズを訪れた青年は、
奇怪な事件を打ち明ける。
彼の伯父と父親が、
正体不明の団体から
五粒のオレンジの種の同封された
脅迫状を受け取ったあとに、
謎の死を遂げたというのだ。
そして彼もまた
それを受け取っていた…。
ドイルの
シャーロック・ホームズ・シリーズの
短篇作品第5作目となります。
冒頭で語り手のワトスンが
いいわけにも似た
前置きをしているとおり、
本作品はホームズが最後まで真相に
たどり着けなかった事件の一つです。
でも、だからこそ事件は
ミステリアスなものとして
完成しているのです。
〔主要登場人物〕
シャーロック・ホームズ
…探偵コンサルタント。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。
彼の仕事に同行する。
ジョン・オープンショー
…ホームズを訪ねてきた青年。
殺害される。
イライアス・オープンショー
…ジョンの伯父。五粒のオレンジの
種入り封筒を受け取る。
その七週間後に謎の死を遂げる。
ジョセフ・オープンショー
…ジョンの父。やはりオレンジの種を
受け取った三日後に怪死する。
フォーダム
…イライアスの顧問弁護士。
遺言状を作成する。
フリーボディ
…ジョセフの友人の軍人(大佐)。
K.K.K(クー・クラックス・クラン)
…全米において過激な活動を行っていた
秘密結社。
本作品の味わいどころ①
迫り来る秘密結社の恐怖
日本の探偵小説には
登場することのない「秘密結社」。
19世紀以前のヨーロッパでは
いくつかの存在が
確認されているのですが、
日本ではせいぜい
「鷹の爪団」くらいでしょうか。
それだけに日本に住む私たちが読むと
「恐怖」がより一層濃く感じられます。
イライアスが隠し持っているとされる
「書類」を狙って、
五粒のオレンジの種入りの脅迫状を
送付する、
事故死としか見えない方法で
巧妙に殺害する、
遺産相続した遺族まで
とことんつけ狙う、
しかも「K.K.K」なる謎めいた略称、
まったくもって「恐怖」です。
その「恐怖」を煽っているのは
ほかならないホームズです。
犯罪者の影に怯えている
依頼人ジョンに対して
「なんだってこんなところへ
やって来たんです?
いや、それよりも、なぜ
すぐに来なかったんですか?」と、
なだめるどころか不安を煽るばかり。
読み手も同じように
煽られてしまいます。
このホームズが煽る
秘密結社の「恐怖」こそ、
本作品の第一の
味わいどころとなっているのです。
本作品の味わいどころ②
警察を当てにしない探偵
本作品でもホームズは
やはり警察を当てにしていません。
当時の警察は当てにならなかったのかも
しれませんが、それで依頼人は
見事殺害されてしまうのですから
なんともいえません。
もちろん警察が当てになってしまえば
探偵の出番はなくなりますから
当然なのですが。
ホームズは警察を当てにせず、
自らの脚で事情を調べ、
秘密結社と同じ手口で
秘密結社を脅迫します。
法を逸脱した探偵行為こそ、
ホームズの真骨頂です。
このホームズの秘密結社に対する
「脱法的捜査」こそ、
本作品の第二の
味わいどころといえるのです。
本作品の味わいどころ③
未解明のまま終わる事件
そしてワトスンが
冒頭で弁明しているように、
本作品は未解決のまま幕を閉じます。
かといって悪がはびこるのではなく、
自然現象が悪に鉄槌を下したと
思われるような方法で
幕引きを図るのです。
確かにオレンジの種の意味や
秘密結社の正体、
それ以上に謎めいた殺害の方法、
隠された書類の内容など、
これら一つ一つを明らかにするには、
長篇の分量がないと不可能でしょう。
あくまで雑誌の一月分の読み切り分量、
つまりは短篇で勝負する、
ドイルの作戦です。
このドイルの強引な「幕引き術」こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
別に揶揄するわけではありません。
それによってホームズの事件簿が
一層彩られたのですから
問題ないのです。
読み終えてみれば、
またしてもホームズの手腕の光る
作品となっているのです。
やはりホームズ作品は
ホームズの存在感が
重要な味わいどころと
ならざるを得ないのです。
ホームズをとことん味わいましょう。
(2024.6.14)
〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」小林章夫
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〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
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いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。
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