両師匠による「ベースボール小噺」
「アリバイ・アイク」
(ラードナー/加島祥造訳)
(「百年文庫052 婚」)ポプラ社
やつはフランク・X・ファレルと
いうんだがね、
どうもXってのは、
「言いわけ」のXじゃねえかなあ。
なぜってこの男、
ファインプレーした時も
失敗した時も、
何かやったらきまって
「ごめんよ、実は…」って
言いわけか弁解をやるんだ…。
言い訳がましい男というのは
嫌われ者と相場が決まっていますが、
このアイクは違います。
みんなに好かれています。
なにせ大リーグの主力選手。
みんなに「突っ込みどころ」を
提供しているのですから、
嫉妬されることなく
「愛されキャラ」として
定着しているのです。
〔主要登場人物〕
アイク(フランク・X・ファレル)
…何かにつけて言い訳をする
大リーガー。
野球選手として高い能力を持つ。
「弁解屋(アリバイ)アイク」の
綽名を持つ。
「おれ」
…語り手。アイクの同僚野球選手。
いたずらが過ぎて
アイクの恋路を邪魔してしまう。
ケリー
…アイクや「おれ」の同僚野球選手。
「監督」
…「おれ」やケリーのチームの監督。
ドリー
…監督の妻の妹。アイクに惚れる。
本作品の味わいどころ①
誰もが突っ込みたくなるアイクの言い訳
味わいどころはもちろん
アイクの人柄です。
言い訳男のアイクが、
なぜ嫌われ者にならないのか?
それは失敗だけでなく成功したときも
同じように言い訳しているからです。
それも責められたときではなく
いつも言い訳しているからです。
さらに、する必要がないにもかかわらず
常に言い訳しているからです。
しかもその言い訳はすべて
「しょうもない」言い訳です。
だから誰しもが
突っ込みを入れてしまうのです。
チームメイトたちが
彼の面子を潰さないようにしながら
上手に彼をからかっている様子が
描かれています。
言い訳と突っ込み、
その絶妙なやりとりの連続こそ、
本作品の第一の味わいどころです。
本作品の味わいどころ②
「おれ」とケリーの「あるある大失敗」
でも、アイクの言い訳が常である以上、
周囲からの突っ込みも常日頃、
日常茶飯事。当然のこととして、
「行き過ぎ」も生じてくるのです。
それが悪いことに、
うまくいっていたアイクとドリーの
関係にひびを入れてしまう
結果となるのです。
何ともありがちな展開なのですが、
だからこそおもしろいのです。
アイクの恋路の邪魔をしてしまう、
馬に蹴られても文句の言えない
「おれ」とケリーの「あるある大失敗」こそ
本作品の第二の
味わいどころといえるのです。
本作品の味わいどころ③
これはもしかしてアメリカ版「落語」!?
その展開の妙を支えているのが
文体の旨味です。
「おれ」による語りは、
そばにいる誰かに話しかけているような
軽快さがあります。
したがって、読み手は誰かから
話しかけられているような
錯覚に陥るのです。
友だちから、自分の知らない
面白い男の話を聴かされているような
気分になり、
つい表情が緩んでしまうのです。
原文のラードナーの文体自体が
軽妙洒脱な口調なのでしょう
(原文を読むような語学力は
私にはありませんが)。
スポーツ記者時代に
その臨場感溢れる文章で読者を魅了し、
作家デビュー後は
短篇の名手と謳われた
ラードナーですから当然でしょう。
そしてそれを際立たせているのが
加島祥造の訳文です。
砕けた日本語から感じられるリズム感、
そしてスピーディな語り口は
まるで落語です。
これがラジオから流れてきたら
さながら「アメリカ版落語」といった
ところでしょう。
このノリのよい文体、
ラードナーと加島祥造両師匠による
「ベースボール小噺」的口調こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
加島祥造訳のラードナー作品集は、
1970年代に
「微笑みがいっぱい」「息がつまりそう」
「ここではお静かに」など
数冊が出版され、
一世を風靡しましたが、
絶版となって久しくなります。
新潮文庫より短編集として
本作品をタイトルとした
「アリバイ・アイク ラードナー傑作選」が
2016年に復刊したものの、
すでに流通していません。
このような素敵な作家が
忘れ去られてしまうのは
何とも惜しいことです。
まずはこの作品からご賞味ください。
(2024.6.18)
〔「百年文庫052 婚」〕
求婚者の話 久米正雄
下宿屋 ジョイス
アリバイ・アイク ラードナー
〔ラードナーの本はいかがですか〕
前述した三冊以外に、
以下の書籍が出版されていました。
「メジャー・リーグのうぬぼれルーキー」
「大都会」
電子書籍では
以下のものがリリースされています。
「微笑みがいっぱい」
「息がつまりそう」
「ここではお静かに」
「メジャー・リーグのうぬぼれルーキー」
〔百年文庫はいかがですか〕
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