女子高生名探偵、白井澄子の冒険
「死仮面(完全版)」(横溝正史)
(「死仮面」)春陽文庫
「デスマスクって、
本当に死んでからでないと
とれないものでしょうか」。
金田一のもとを訪れた依頼者は
そう語った後、
一つのデスマスクを取り出した。
それは数日前、
金田一が磯川警部から
見せられたものと
同じ人物のものだった…。
横溝正史の「死仮面」については
以前取り上げました。
でもそちらは不完全なバージョンです。
雑誌連載された八回分の原稿のうち、
途中一回分が未発見であり、それを
中島河太郎が補筆して取り繕った、
いわば「中島河太郎補筆版」とでも
いうべきものでした。
こちらはその一回分が発見された後に
出版された「完全版」なのです。
【事件簿File-016「死仮面」】
〔事件発生〕
昭和23年(東京)
〔依頼人〕
上野里枝
…川島女子学園の教師。
事件捜査を金田一に依頼。
〔捜査関係者〕
磯川警部
…岡山県警警部。
県警に立ち寄った金田一に
「死仮面」の情報提供。
実際の捜査には関わっていない。
〔事件関係者〕
川島夏代
…川島女子学園経営者。参議院議員。
里枝の異父姉。
山内君子
…夏代・里枝の異父妹。夏代のもとに
身を寄せていたが家出、行方不明。
川島圭介
…夏代の養子。学園の英語教師。
川島春子
…川島女子学園創始者。故人。
夏代の祖母。
川島泰造
…春子の息子。夏代の父。故人。
加藤静子
…新橋の名妓・駒代。
夏代・里枝・君子の母。
古屋舎監
…川島女子学園寄宿舎舎監。
白井澄子
…川島女子学園生徒。高校三年生。
夏代に育てられる。
来島・田代邦子・島田・萱原・沢井・藤田
…川島女子学園生徒。
野口慎吾
…容貌の醜い貧乏な彫刻家。
山口アケミ
…慎吾と同棲生活後、死亡。
腐乱死体で発見される。
葉山京子
…キャバレー・ダンサー。
殺人犯として逃亡。
アケミと同一人物らしい。
内海弁護士
…夏代の顧問弁護士。
本作品の味わいどころ①
東京が舞台、でも血塗られた家系
物語はいきなり磯川警部登場、
したがって岡山の
閉ざされた山あいの村で
血みどろの殺人事件が起きるのかと
待ち構えていると、
何と舞台は東京へと大移動、
雰囲気は一変します。
東京といえば、
「悪魔の寵児」「幽霊男」のような
エログロ色満載の展開となるのが
横溝作品の常。
でも事件の依頼者は
川島女子学園の教師。
もしや女子校でエログロ事件発生か?
などといけない想像をしながら
読み進めると、
そのような気配はまったくありません。
しかし、
「血塗られた家系」だけは登場します。
川島夏代、上野里枝、山内君子の
三人の異父姉妹の愛憎が
もつれ合います。
そこで起きる殺人事件こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
本作品の味わいどころ②
生か死か、謎の死仮面は誰の顔?
表題の「死仮面」はつまりデスマスク。
死んだ人間の顔型です。
山口アケミのものとされているのですが
そのアケミはダンサー・葉山京子と
同一人物らしい、さらには
そのデスマスクは異母三姉妹の
君子の顔でもあり、三人は同一なのか、
それとも別人なのか?
そしてそのデスマスクの顔の持ち主は
本当に死んだのか、
それとも生きているのか?
次第に深まるデスマスクの謎こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
本作品の味わいどころ③
女子高生名探偵、白井澄子の冒険
そしてそれを見事に解決するのが
金田一耕助、ではあるのですが、
大きな活躍はしていません。
活躍するのは学園の高校三年生、
白井澄子なのです。
金田一がはっとするような
推理を展開するかと思えば、
身の危険を顧みずに
級友たちを火災から避難誘導する、
そしてついに真犯人と対峙し
逮捕に繋がる活躍をする。
本作品の主役は金田一耕助ではなく、
この白井澄子なのです。
ジュヴナイル以外で
女子高生が活躍する作品は、
金田一ものでは短篇作品に
「蝙蝠男」(「七つの仮面」に収録)が
あるくらいです。
本作品は、横溝作品においては
きわめて珍しい存在といえます。
「死仮面」などという
恐ろしい表題でなく、いっそ
「女子高生探偵・白井澄子の冒険」、
「美少女探偵・白井澄子の推理」とでも
したほうが、現代の若い方に
受け入れられる可能性があります
(横溝正史の世界観からは
大きく外れてしまうのですが)。
この可憐な女子高生探偵・白井澄子の
冒険と推理こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
さて、冒頭に記したとおり、
本作品は横溝存命中に発見され、
「悪霊島」執筆完了後に
改稿されて出版される予定でした。
しかし神はその時間を横溝に与えず、
したがって連載一回分の欠落を
中島河太郎が前後の辻褄が合うように
補作し、とりあえず出版にこぎ着けた
(1982年カドカワノベルズ収録)という
経緯があります。
後の1984年、
旧角川文庫化されたときにも
欠落原稿は未発見であり、
その解説には
「他日、この分が発見されたら
当然さし替えねばならない」という
文言まで書かれてありました。
しかしその約束は果たされることなく、
欠落原稿が発見されて以降も
角川文庫はそれを放置、
春陽文庫から1998年、
欠落原稿を挿入した本書「完全版」が
刊行されたという経緯があります。
2022年、新角川文庫から
めでたく金田一シリーズは
全巻復刊を果たしました。
「死仮面」も復刊したのですが、
中島河太郎の補筆はそのままで、
横溝の原稿と
差し替えられないままなのです。
したがって新角川文庫の
金田一シリーズをすべて買い集めても
それだけではコンプリートにならず、
この春陽文庫の「死仮面(完全版)」を
手に入れなければならないのです。
いったい角川文庫は何をしているのか?
残念なことに、
本書も絶版(というよりも
春陽文庫そのものが消滅)してしまい、
入手が困難です。
幸い、春陽堂文庫が復活し、
横溝作品も時代物3点が
刊行されています。
この「死仮面(完全版)」も、
ぜひ復刊して欲しいと思います
(もう少し洗練された装幀で)。
春陽堂書店さん、
よろしくお願いします。
(2024.6.21)
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(2024.6.26)
〔金田一耕助の事件簿〕
〔春陽堂文庫の横溝作品〕
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