「ヒッチコック」(筈見有弘)

紙面から溢れ出ているヒッチコック愛

「ヒッチコック」(筈見有弘)
 講談社現代新書

「ヒッチコック」講談社現代新書

ヒッチコックの映画を
深く読んでいくと、
アイデンティティの追究、
人間の内部における
善と悪の葛藤、
アモラルな視点、
神の高見からの人間観察といった
形而上的あるいは宗教的な考察に
ぶつかる。
その根底にあるのは、
この世が…。

本棚の憶測に眠っている本を
処分しようとして見つけた新書
学生時代に何度も読み、
まだ観ぬヒッチコックの作品に
思いを馳せていた頃を思い出しました。
40年ぶりに再読しましたが、
いまだに面白く読むことができます。
その秘密は
「難しいことに触れない」という
エンターテインメントに徹した
姿勢にあります。

〔本書の構成〕
「ヒッチコック」(筈見有弘)
 講談社現代新書

1 ヒッチコックは生きつづける
2 ヒッチコック・ストーリー
3 間違いや偶然から始まる
4 推理よりもスパイ・サスペンス
5 マクガフィンは恐怖のキーワード
6 変質症的小道具演出法
7 縦と横のサスペンス構造
8 実験と遊びのカメラ・ワーク
9 ヒッチコックも金髪がお好き
10 映画は
  エンターテイメントだけじゃない
フィルモグラフィ

本書の味わいどころ①
小難しい映画論ではなくエッセイ

分析的論理的な映画論も見かけますが、
本書は違います。
構成を見ると系統性は薄く、
まるで思いついたままに
書き連ねたような印象があります。
「思いついたまま」だと失礼に当たるので
言い換えると、
「面白いと思ったこと」
「他者に伝えたいと思ったこと」を
思いのままに書き重ねたと
いえばいいでしょうか。
ヒッチコック映画の「面白い」点が
次々と紹介されていきます。

本書の味わいどころ②
深読みよりもまずは視覚的面白さ

文学でも映画でも、
ついつい人は深読みをして
それを人に誇示したいという
欲求に溺れます
(わたしも覚えがありますが)。
筆者にはそれが感じられません。
ヒッチコックの映画を観れば
誰しもが感じる
視覚的な面白さに焦点をあて、
その愉しさを読み手と共有したいと
願っているかのようです。

本書の味わいどころ③
紙面から溢れ出るヒッチコック愛

最も面白く感じられるのは、
紙面から溢れ出ている
「ヒッチコック愛」です。
高いところから作品を見て
論評するような、
そんな評論家視点ではありません。
ヒッチコックを愛するものとして、
市井の映画ファンと同じ目線で
ヒッチコックを語っているのです。
だから共感を覚えるのです。

ヒッチコック作品は
それなりに観てきました。
でも、本書を再読したら、
また映画を観てみようという
気になりました。

「暗殺者は舞台で
 シンバルが打たれたとき、
 某国首相を撃つことになっている。
 客席の最後列にたったジョーは
 それを防ごうとする。
 彼女の顔のアップ、
 暗殺者、
 オーケストラ、
 駆けつけてきた夫のベン…」

こんな一節を読んでしまえば、
「知りすぎていた男」を誰でももう一度
観てみたいと思うはずです。

「桟橋に着いた彼女が
 立ち上がった瞬間、
 空を舞っていた一羽のカモメが
 不意に一直線で降りてきて、
 彼女の額をくちばしで一撃する…」

そのシーンが脳裏によみがえり、
やはりもう一度「鳥」を
観てみたいと思うのです。

「バス・ルームのカーテンの向うに
 人影がうつり、それが近づくや、
 突然カーテンを開き、
 ナイフをふりかざす。
 そして、あっというまに、
 彼女は眼を見開いたまま、
 死体となる…」

その衝撃を追体験するために、
またしてももう一度「サイコ」を
観てみたいと思ってしまうのです。

「殺人者は捕らえられる。
 しかし、「ああ、助かった」と
 観客が感じるより早く、
 ジェフは気力を失い、
 手が窓枠から離れ、
 落下していく…」

確かにそうだったと思い出しながら、
それでももう一度「裏窓」を
観ておきたいと思うのです。

ヒッチコックの最後の映画
「ファミリー・プロット」が
公開されたのが1976年。
すでに半世紀近くが
経とうとしています。
それでも鮮度の衰えないのが
ヒッチコック映画であり、
それゆえ本書もまた色褪せないのです。

ブルーレイが安価で、
しかもネット通販でいつでも入手できる
現代と異なり、
本書刊行当時(昭和61年)は
レーザー・ディスクが
出始めた時期であり、
ソフトの値段も高価、
入手も難しかったはずです。
多くの部分を記憶に頼りながらの
執筆だったと考えられます。
紙面から溢れ出ているヒッチコック愛。
それこそが本書の
最大の魅力といえるでしょう。
古書を探すしかありませんが、
ヒッチコック好きの方は
ぜひご一読ください。

(2024.6.24)

〔ヒッチコック作品〕

Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像

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