百年文庫047 群

すべて民衆の「空気」が引き寄せた「死」

「百年文庫047 群」ポプラ社

「百年文庫047 群」ポプラ社

「象を射つ オーウェル」
しかし、そのとき、
わたしは振り向いて、
わたしのあとからついて来た
群衆を眺めた。
それは二千人を下らない
大群衆で、しかも、刻々に
ふくれ上がっているのだった。
それは、すっと遠くまで、
道の両側をふさいでいた。
わたしは…。

百年文庫第47巻を読了しました。
テーマは「群」。
何の群か?人の群です。
カバー裏の内容案内には
「民衆の力がすべてを飲み込んでいく
物語」とあるように、
善くも悪くも民衆のつくり上げた
「雰囲気」や「空気」が
題材となっているのです。

〔百年文庫047 群〕
象を射つ オーウェル
日本三文オペラ 武田麟太郎
マッキントッシュ モーム

第一作「象を撃つ」では、
植民地時代のビルマにおける、
民衆を支配する側のイギリス人警官
「わたし」の苦悶が描かれています。
支配しているつもりが、
実は被支配者層の視線を過度に意識し、
「支配者らしく」振る舞うことを
要求されている「空気」に、
「わたし」は気づいていきます。
「わたし」はその圧力に屈する形で、
「象を射つ」のです。

「日本三文オペラ 武田麟太郎」
アパートと云っても――
いや、そんな何となく小綺麗で、
設備のよくととのつた
西洋くさい貸部屋を
意味する言葉を使っては
いけないだろう。
何故かと云えば、
卒塔婆の破れ垣の横を通って
その入口に達すると
「あづまアバート」と…。

第二作「日本三文オペラ」からは、
昭和7年当時の
おそらくは劣悪な環境であった
アパートにおける住人たちの
「雰囲気」が伝わってきます。
生活の一断面を切り取っただけのような
作品なのですが、
「雰囲気」だけでなく「悪臭」までも
伝わってくるかのようです。

ここまでの二作は、筋書きらしいものが
実は見当たりません。
「象を撃つ」はエッセイのようであり
(小説か随筆かの区別が難しい作品)、
「三文オペラ」は
ルポルタージュのようでもあります。
筋書きがはっきりしているのは
第三作「マッキントッシュ」です。

「マッキントッシュ モーム」
彼はほんのしばらくの間、
海に入って水遊びをした。
泳ぐには浅すぎたが、
サメが恐ろしいので、
背の立たない深いところへは
ゆけなかった。
海から上がると、
シャワーを浴びに
脱衣所へ入った。
ぺたぺたする太平洋の
塩水に濡れた…。

「象を撃つ」と
似たシチュエーションであり、こちらは
サモア諸島タルア島の物語です。
イギリス人行政官・ウォーカーと
その助手・マッキントッシュの、
それぞれが民衆の真意、
つまり「空気」を読み違えたことから
悲劇が引き起こされます。

三作品とも、結末には「死」が登場し、
後味の悪さを漂わせています。
第一作こそ制御できなくなった
「象」が射殺されるという、
ある意味仕方の無い「死」が
描かれているのですが、
「オペラ」では「労働争議の指導者」の
自殺が仄めかされ、
モーム作品では行政官・ウォーカーが
暴徒に射殺されます。
すべて民衆の「空気」が引き寄せた
「死」なのです。

この「空気」の持つ圧力について
書かれたものとしては
山本七平の「空気の研究」
有名なところでしょう。
それを読むと、この「空気」なるもの、
日本人特有のものと思われましたが、
本作品群を読む限り、海外にも
存在すると考えていいのでしょう。
地域に関係するものではなく、
すべての人間の心に
巣くっているものなのだと感じます。

人の群の力が良い方向に作用したのが
民主主義のあるべき姿であるとすれば、
悪い方向に働いたのが
この「空気」なるものなのでしょう。
いろいろなことを考えさせられる
三作品です。
ぜひご賞味ください。

(2024.6.25)

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〔武田麟太郎の本について〕
多くは絶版となっていましたが、
2021年、
突如単行本が刊行されています。
こちらには本作品も収録されています。

古書を探れば、
講談社文芸文庫から刊行された
「日本三文オペラ: 武田麟太郎作品選」
見つかるかと思います。
こちらにも本作品が収録されています。

その他、青空文庫から本作品以外に
7点が公開されています。
一の酉
釜ヶ崎
現代詩
大凶の籤
反逆の呂律
落語家たち

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