いろいろな味わいが愉しめるビアスの「幽霊もの」
「シロップの壼」「壁の向こう」
「ジョン・モートンソンの葬儀」
「幼い放浪者」(ビアス/小川高義訳)
(「アウルクリーク橋の出来事/豹の眼」)
光文社古典新訳文庫
サイラス・ディーマーは
一八六三年七月十六日に死んで、
二日後に遺体が埋葬された。
この町では、男にも、女にも、
大人になりかかった子供にも、
じつに顔の広い男だったので、
地元紙の言い方を借りれば、
その葬儀は「盛大に営まれ…。
「シロップの壺」
幽霊といえばビアス、
ビアスといえば幽霊、
そんなイメージが定着するほど、
アメリカの作家アンブローズ・ビアスは
幽霊ものを数多く書き上げました。
光文社古典新訳文庫の短編集に
収録されたものから、
今日は四篇まとめて紹介します。
〔「シロップの壺」登場人物〕
サイラス・ディーマー
…商売熱心で人柄の良い男。
死ぬまで店を休むことがなかった。
病死する。
アルヴァン・クリード
…町一番の邸宅に住んでいる銀行家。
ディーマーの死後、彼の店から
シロップ入りの壺を購入する。
第一作「シロップの壺」は、
銀行家のクリードが
家族への土産として買ってきた
「壺入りシロップ」が、
忽然として消えたという話です。
それはディーマーが亡くなったことを
すっかり忘れていたクリードが、
夜道で営業していた彼の店から
購入したものだったのです。
味わいどころは、その後の顛末です。
ディーマーが死後も
自らの店で営業していることを
聞きつけた町の住民たちは
こぞって押しかけるのですが…。
幽霊ものといっても
こちらはホラーなどではなく、
滑稽話のような形になっています。
私が記憶するダンビアは、
立派な青年に学者の趣味を
持たせたような男だった。
まず働くことを嫌がる。
世間一般の人がこだわることには
無頓着で、金銭にも淡泊だ。
とはいえ、
しいて欲しがらなくても、
相続した遺産のおかげで金に…。
「壁の向こう」
〔「壁の向こう」登場人物〕
「私」…語り手。
モハン・ダンビア
…「私」の友人。迷信好きな性格。
「娘」
…ダンビアの隣の部屋に住む少女。
ダンビアと心を通わす。
第二作「壁の向こう」は、
やや怖い話に仕上がっています。
ダンビアが一目惚れした「娘」は
なんと自分の隣の部屋に
住んでいたのです。
内気な彼は、
声をかけることもままならず、
隣と仕切る壁を夜ごと叩くことで、
彼女と通信していたのです。
ところが壁の向こうからの音が
しばらくの間途絶え…。
以後の展開は
ぜひ読んで確かめてください。
なお、本作で
「幽霊」となるのは「娘」です。
ジョン・モートンソンは死んだ。
「人間」という名の悲劇において、
もう彼に出番はなく、
すでに舞台を去っていた。
遺体は硝子窓のついた
立派なマホガニー材の
棺に納められた。
葬儀も準備万端整っていたので、
もし故人が知ったら…。
「ジョン・モートンソンの葬儀」
〔「ジョン・モートンソンの
葬儀」登場人物〕
ジョン・モートンソン
…死亡のため葬儀が営まれる。
「未亡人」
…ジョンの妻。夫の葬儀の際、
棺のガラス窓を見て卒倒する。
第三作「ジョン・モートンソンの葬儀」で、
「未亡人」はなぜ卒倒したのか?
こちらもぜひ読んでくださいとしか
言いようがありません。
なぜなら文庫本にしてわずか三頁。
ショートショートといった趣ですが、
むしろポーの「黒猫」の
パロディのような作品です。
したがって、
本作品には「幽霊」は登場しません。
幼いジョーが雨の辻に
立っているのを見たとしても、
立派なお坊ちゃんだとは
思えなかったろう。
秋の大雨は珍しくもないとして、
ジョーに降りかかる雨は
ひどく変わった雨だった。
黒ずんでいたのである。
ブラックバーグの町でも…。
「幼い放浪者」
〔「幼い放浪者」登場人物〕
へティ・パーロウ
…富も家柄も第一等の
ブラノウン家の娘。
流行病で親族ともども亡くなる。
ジョーゼフ・パーロウ
…へティの息子。流行病の中、
ただ一人生き残る。
第四作「幼い放浪者」の「幽霊」は
へティ・パーロウです。
一人息子(まだ一歳!)の
ジョーゼフを遺して一族もろとも
流行病で命を落としたのですから
幽霊になるのも当然です。
だからといって、
涙を誘う「悲劇もの」でもなく
(その傾向も見られるが)、
ホラーでももちろんなく、
やや形容の難しい色合いです。
「出る場面を間違えた幽霊」とでもいえば
いいのでしょうか、
「幽霊」を揶揄するかのような一文が
最後に付されていて、
コメディ色も見られます。
「幽霊」といえば、怖いものと
相場が決まっているように
感じられますが、
決してそうではないのです。
ビアスの「幽霊もの」には
ホラー的色彩の作品は
実は数少ないのです。
いろいろな味わいが愉しめる
ビアスの「幽霊もの」、
ぜひご賞味ください。
(2024.7.4)
〔本書収録作品一覧〕
アウルクリーク橋の出来事
良心の物語
夏の一夜
死の診断
板張りの窓
豹の眼
シロップの壼
壁の向こう
ジョン・モートンソンの葬儀
幽霊なるもの
レサカにて戦死
チカモーガの戦い
幼い放浪者
月明かりの道
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