「電気」「広告」(黒岩涙香)

欧米のミステリを「翻案」の名の下に「日本仕様」へ

「電気」「広告」(黒岩涙香)
(「黒岩涙香探偵小説選Ⅰ」)論創社

「黒岩涙香探偵小説選Ⅰ」論創社

時は八月の中旬
午後三四時と言えば
暑き盛りなるべし。
殊に昼の頃より
天に蒲団のごとき雲広がりて
風の道を塞ぎ、
今にも白雨のふりだしを呑んで
汗を取るよりも蒸し苦し処は
麹町番町の官員屋敷長屋門を
取り毀したる跡へ西洋風の…。
「電気」

冒頭の一節を抜き出しましたが、
ご覧の通りの文語体、もちろん
現代のミステリなどではありません。
明治の探偵小説作家・
黒岩涙香の作品です。

〔「電気」登場人物〕
竹川秀子

…竹川家の一人娘。才女であるが
 恋に夢中になっている。十九歳。
竹川猛雄
…秀子の父親。陸軍大佐。
 広島出張中だったが、
 秀子のことが心配になり、帰宅する。
竹川時子
…秀子の叔母でお目付役。猛雄の妹。
 三十八九歳。
青山深士
…猛雄の部下の青年士官。
 秀子と駆け落ちしようとする。
 素行不良。
青山常子
…深士の姉。

日本探偵小説史の源流に位置する作家・
黒岩涙香。
数多くの翻案小説を発表したのですが、
涙香自身が「面白い」と思ったものを
片っ端から翻案したため、
そのスタイルは
本格探偵小説から変格ものまで、
実に幅広いものとなっています。
今日取り上げる二篇は
後者に分類されるものです。

一篇目の「電気」ですが、
筋書きは青山との駆け落ちを決行した
秀子の行方を捜す父・猛雄の
捜索譚のような形で進行します。
青山が既婚者であることが暴かれ、
さらには
秀子が行方不明であることが判明し、
筋書きは緊迫の度合いを
高めていきます。
ところが最終盤、事態は
まったく予期せぬ結末を迎えます。
読み手はしばし呆然となること
請け合いの、驚きの幕引きです。
悲劇であるものの
共感するにはほど遠く、かといって
コントとして笑い飛ばすこともできず、
それでいて完全に裏を掻かれたと
感じるのは間違いありません。
何とも評価の難しい作品です。

余が曾て
某新聞の記者を勤めし頃、盛んに
芝居改良と言えること流行し、
寄ると接るとその議論を
はじむるほどなりしかば、
余も妻もその流行熱に浮かされ
自ら俳優となり
改良歌舞伎の舞台に
上る覚悟を定め、
余は妻とともに俳優の…。
「広告」

〔「広告」登場人物〕
「余」

…俳優の稽古の成果をためすべく、
 金満家を装い、
 広告で偽りの結婚相手の募集を行う。
「妻」
…「余」の妻。同じく俳優の稽古を積む。
浜川嬢
…「余」の偽の広告に応募した女性。

二篇目の「広告」ですが、
こちらはコントです。
自身の変装と芝居の成果をためそうと
悪戯を仕掛けるのですが、
ろくな結果になろうはずがありません。
広告に釣られた女だと思って
連れ回したら、まさかの別人。
このままでは女性を拉致したかどで
お咎めが…。
と思えば、さらにどんでん返し。
「なるほど」と唸らされる好篇です。

まだ探偵小説が根付いていなかった
明治の日本において、
欧米のミステリを次々と「輸入」して、
「翻案」の名の下に
「日本仕様」にして発表した黒岩涙香。
その作品はほんの一部しか
現在読むことができない状況です。
幸いにも論創社から出版された本書で
その片鱗を知ることができます。
偉大な巨人の意外な一篇を、
ぜひご賞味ください。

(2024.7.5)

〔「黒岩涙香探偵小説選Ⅰ」〕
無惨
涙香集
 涙香集序
 金剛石の指輪
 恐ろしき五分間
 婚姻
 紳士三人
 電気
 生命保険
 探偵
 広告

〔「黒岩涙香探偵小説Ⅱ」もどうぞ〕
幽霊
紳士の行ゑ
血の文字
父知らず
田舎医者
女探偵
帽子の痕
間違ひ
無実と無実
秘密の手帳
探偵談と疑獄譚と感動小説には
 判然たる区別あり
探偵譚について

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