「百年文庫048 波」

波頭に立たされたとき、人はどう生きるべきか

「百年文庫048 波」ポプラ社

「百年文庫048 波」ポプラ社

「俊寛 菊池寛」
それは、彼が
鹿ヶ谷の山荘で飲んだ
如何なる美酒にも勝って居た。
彼がその清冽な水を
味って居る間は、
清盛に対する怨みも、
島に、
ただ一人残された悲しみも、
忘れ果てたように
清々しい気持だった。
彼は、蘇ったような気持ちに…。

百年文庫第48巻を読了しました。
テーマは「波」。
第一作の舞台は鹿児島県沖の鬼界ヶ島。
海辺の情景も現れます。
第二作の語り手「私」は、
海を渡った満州の工場で働いています。
第三作は表題も舞台も海の岬です。
それぞれ何らかの形で「海の波」が
舞台と関わっているのですが、
本質はそうではありません。
「人生の荒波」について描かれている
三篇なのです。

〔「百年文庫048 波」〕
俊寛 菊池寛
劉廣福 八木義徳
燈台守 シェンキェヴィチ

第一作「俊寛」は、
平家物語で伝えられる
俊寛の悲惨な物語を、
菊池寛が得意の人情話的脚色を加え、
幸福物語へと大きく転換させた
筋書きとなっています。
平家物語では、
有王が携えた娘の手紙に絶望し、
絶食して死んでしまった俊寛ですが、
菊地はそこに新たに生命を吹き込み、
若く雄々しい人間として
俊寛像を再構築したのです。
人生の荒波に打ち勝った
強い人間の姿が刻み込まれています。

「劉廣福 八木義徳」
実をいうと
私は最初からこの男には
特別の注意を
払っていたのであった。
常人の確実に
二倍はあろうかと思われる
その並はずれて巨大な体躯が
まず私の眼を驚かせた。そして
その巨大な体躯の上に載った
これまた途方もなく無邪気な…。

第二作「劉廣福」もまた、「人生の荒波」に
勝利した男の物語であり、
表題となっている人物・劉廣福の
サクセス・ストーリーなのです。
何の取り柄もなさそうな
劉廣福でしたが、
内に秘めていたものは
とてつもなく大きな才能と
人間味溢れる精神だったのです。
幾たびも訪れる困難を
淡々と乗り越えていく劉廣福の姿と
作者・八木義徳の筋書きの巧さに
心を打たれます。

「燈台守 シェンキェヴィチ」
わたしはくたくたに疲れ、
なにがなんだか
さっぱりわかりません。
おわかりのように、いろんな目に
会ってまいりまして。
ここみたいな場所が、
いちばんあこがれた
ところなのでございます。
もう年もとっていていて、
安らぎがほしい…。

第三作「燈台守」だけは
成功物語とはいえません。いや、
最後の失敗というべきでしょうか。
主人公・スカヴィンスキの経歴は
激しい運命の波にもまれる人生でした。
それらをすべて乗り越えた彼が、
人生の終末において
ただ一つ望んだ願いは
「安らげる場所が欲しい」。
彼は運命の味方を得て
それを手に入れるのですが…、
突如として運命は敵意をあらわにし、
物語は悲しみへとたどり着きます。
やるせない読後感で一杯になる、
シェンキェヴィチの傑作短篇です。

それぞれの作者もまた、
激動の人生を歩んだ作家たちです。
八木義徳は大学二年時、
旅先の樺太で金がつき、
悪徳経営者に紹介された缶詰工場で
過酷な労働に従事します。
プロレタリア文学に感化され、
警察の捜査対象にもなり、
逃亡先の旅館で自殺を図ったところを
隣室の売春婦に助け出されて
命拾いするなど
波乱の人生を歩みました。
シェンキェヴィチも
「燈台守」のスカヴィンスキ同様の
流転する人生を歩んでいます。
自由を求めて(当時のポーランドは
ロシアなどの圧制下にあった)渡米し、
ロサンゼルスでオレンジ農場経営に
乗り出したのですが、見事に破綻、
失意の内に
帰国せざるを得なくなりました。
菊池寛だけはそうした挫折経験が
見当たらないのですが、
日本の文壇にあって、
作家の地位向上に果たした役割を
考えたとき、その人生が
平坦だったとは到底思えません。

人生の波頭に立たされたとき、
人はどう生きるべきか。
そんなことを考えさせられる一冊です。
ぜひご賞味ください。

(2024.7.9)

〔関連記事:菊池寛作品〕

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〔八木義徳の本はいかがですか〕
残念ながら著作の多くが絶版中ですが、
小学館の「P+D BOOKSシリーズ」から
2冊が刊行されています。

〔シェンキェヴィチの作品〕
岩波文庫から長篇歴史小説である
「クオ・ヴァディス」が
三分冊で刊行されていましたが、
現在絶版中です。

その漫画化された作品
(藍真理人作:1982年刊行)が、
2013年に復刻、現在紙媒体も流通中、
電子書籍化もなされています。

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