「猟奇の始末書」(横溝正史)

怪しい人物はただ一人だけ、横溝の新機軸

「猟奇の始末書」(横溝正史)
(「七つの仮面」)角川文庫
(「青蜥蜴」)双葉社

白浜海岸にある
洋画家・三井の別荘に
遊びに来ていた金田一は、
外の海に向けられた望遠鏡に
釘付けになる。
そこに見えたボートの中に、
若い女の死体があったのだ。
その胸に突き刺さっていた矢は、
三井の弓から
放たれたものらしく…。

静養地に招待されると
必ず事件に巻き込まれる金田一耕助。
今回も先輩にあたる洋画家から招かれた
白浜海岸の別荘で、
見事に殺人事件と遭遇します。
横溝正史の後期の短篇、
金田一シリーズの一つ
「猟奇の始末書」です。

【事件簿File-039「猟奇の始末書」】
〔事件発生〕
昭和37年(白浜海岸)
〔依頼人〕
※依頼人なし。
※友人の別荘に招かれ、
 殺人事件に遭遇。
 そのまま警察に捜査協力。
〔捜査関係者〕
小磯警部補…所轄署捜査官。若手。
〔事件関係者〕
三井参吾
…洋画家。白浜海岸の別荘の所有者。
 金田一と同窓で一年先輩。
三井可奈
…参吾の妻。故人。
堀口タマキ
…ナイトクラブホステス。
 参吾の愛人といわれている。
 殺害される。
坂巻潤子
…タマキと同じナイトクラブで
 働いているホステス。
小坂達三
…私立大学の助教授。
 三井や金田一と同窓。
小坂一枝…達三の妻。
山本新一…三井の絵の弟子。
恭子…新一のガールフレンド。
お喜美…三井家のお手伝い。
吉井…運転手。
〔事件の概要〕
堀口タマキが胸に矢が突き刺さった
状態の死体で見つかる。

本作品の味わいどころ①
怪しい人物はただ一人だけ

読み進めて気づくのは、
怪しい人物が三井参吾
ただ一人であるということです。
凶器の矢は三井の所有物、しかも
実際に別荘から死体発見場所付近に
矢の一本を放っている、
二本しかない矢の片方は別荘にある、
したがって突き刺さっている矢は三井が
発射したものと考えられるのです。
しかも彼は周囲に
アベックめがけて矢を射る悪戯を
仄めかしてさえいるのです。
加えて被害者は三井の愛人です。
東京にいるはずが、
三井に呼び出されているのです。
三井は呼んでいないというのですが、
被害者の着替えが
別荘から発見されるにいたっては
言い訳は難しいでしょう。
状況証拠はすべてが三井の犯行を
示しているのです。

横溝の金田一ものの特徴の一つは、
「すべての人物が怪しい」でしたが、
本作品(を含めて後期のものはすべて
その傾向があるが)は
「怪しいのはただ一人」。
それがそのまま真犯人なら、
ミステリとして成立しません。
金田一はどう推理するのか?
それが本作品の
第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
二本しかない矢のトリック

謎を解く鍵は当然、
凶器の矢の秘密にあります。
二本しかないというのが
横溝の仕掛けたトリックなのです。
一本は別荘内にある、
もう一本は昨日三井が放った、
では被害者の胸に
突き刺さっている矢は?
それが本作品の
第二の味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ③
謎解きよりも筋書きを重視

したがって、
書かれてあることだけからの謎解きは、
読み手には
不可能な構造となっています。
本作品は謎解きが主ではないのです。
金田一が自らの推理を披露する場面は
存在せず、
事件は急転直下の形で解決します。
犯人が告白状を金田一にあて、
自殺を図ることで
幕は下ろされるのです。
告白状の中には
「きみの推理したとおり」とある以上、
恐らくは「矢の謎」を解いた金田一が、
それを真犯人に告げ、
暗に自首を促したものと考えられます。
謎解きよりも
短篇としての筋書きの面白さを重視した
横溝後期の作風、
それこそが本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

INDEX 金田一耕助の事件簿

本作品は、1979年に刊行された
角川文庫「七つの仮面」、
そして1996年に刊行された
双葉社「青蜥蜴」に収録されていますが、
どちらも金田一シリーズの後期作品、
おおむね1960年代に発表された作品を
収録しています。
その時期、ミステリは
新しい時代を迎えていました。
松本清張をはじめとする
社会派推理小説の台頭です。
戦前から戦後にかけて活躍した
横溝の作風は、
この時代には読者に対する吸引力を
失いつつあったのです。
横溝自身もそれを意識し、
新しい作風を試行錯誤した結果が、
本作品にもしっかりと現れています。
新機軸を打ち出そうとした
横溝の短篇作品、
一つの味わいを生み出しています。
ぜひご賞味あれ。

(2024.7.12)

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(2024.7.17)

〔「矢」が使われた横溝作品〕
凶器に「矢」が使われたものには、
「毒の矢」「死神の矢」(金田一シリーズ)、
「当り矢」「三本の矢」(人形佐七)などが
あります。
横溝は「矢」が好きだったのでしょう。

〔角川文庫「七つの仮面」〕
七つの仮面
猫館
雌蛭
日時計の中の女
猟奇の始末書
蝙蝠男
薔薇の別荘

〔双葉社「青蜥蜴」〕
百唇譜
猟奇の始末書
青蜥蜴
猫館
蝙蝠男
(エッセイ)
 歩き、歩き、かつ歩く
 桜の正月
 ノンキな話
※表紙装幀画は何と杉本一文!

「青蜥蜴」双葉社

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