「働くということ」(黒井千次・池田邦彦)

いかにして「漫画」となったか、それが味わいどころ

「働くということ」
(黒井千次・池田邦彦)講談社

「働くということ」講談社

体験記のような新書が、
漫画として生れ変わる、
と聞いて驚いた。
しかしいずれも
人々が生きて行こうとする
営みの中から生み出される
貴重な表現に他ならない。
これまで読まれて来た
新書の新しい顔として、
この漫画が読まれる…。

新書「働くということ」
取り上げたとき、
「漫画版も登場」と書きました。
小説の漫画化ならわかるのですが、
新書の漫画化?
そんなことが可能なのか?
すぐさま入手し、読んで確かめました。
見事に「漫画」となっています。
いかにして「漫画」となったか。
それがそのまま
本書の味わいどころとなっています。

〔本書「漫画版」の構成〕
1 学生時代の終焉と社会との対面
2 ソロバンが教えてくれたこと
3 組織の立体像を掴むため
4 個人を取り込む企業の時間
5 企業の中で何かを学びとるには
6 自分の本当の仕事を見つけるには
7 労働の麻薬のような側面
8 会社員ではなく職業人であれ
9 職業のありか
10 働くということ

本書の味わいどころ①
筆者の体験を漫画のストーリーに

新書に記されている筆者の体験が、
漫画の筋書きの主軸となっています。
舞台は昭和29年の東京、
T大学経済学部卒の主人公・神部万次が
筆者の体験をなぞっていくのです。
特に第2話
「ソロバンが教えてくれたこと」、
第3話「組織の立体像を掴むため」は、
若い読み手でも
仕事の実体験を理解できるまでに
かみ砕いた上で漫画化されています。

本書の味わいどころ②
筆者の論旨を登場人物のセリフへ

新書本で
筆者の伝えたかったことの多くが、
創作された登場人物たちによって
主人公に語られます。
読み手はあたかも人生の先輩から
教え諭されている気分になるでしょう。
第1話
「学生時代の終焉と社会との対面」での、
主人公の先輩・水口の語る言葉は
若い読み手の心に染みてくるはずです。
「俺は親が汗水たらして
 働いているところを
 この目で見たことがない。
 大学を卒業して
 実社会に出ていく者は、
 その時になって初めて
 働く親の姿に出会うんだ」

本書の味わいどころ③
筆者の思いを感動のエピソードへ

新書本からは
筆者の熱い思いが伝わってきました。
そうした「思い」こそが
本書の感動的なエピソードへと
昇華しています。
周辺部にいくつかの脚色や創作を加え、
筆者の「思い」を的確に表現することに
成功しています。
第6話
「自分の本当の仕事を見つけるには」、
第8話「会社員ではなく職業人であれ」、
第9話「職業のありか」などは
実によく仕上がっています。
新書本がこのような
感動的なエピソードになるとは
想像できませんでした。

さて、問題は「この本を読むのは
誰か?」という点です。
漫画ですから中学生でも
十分に読むことは可能です。
ただし「実社会に出る」という
テーマからすると、
中学生ではいくら漫画でも
実感を持って読み進めるのは
困難でしょう。
内容的には高校生・大学生と
考えられます。

できれば高校生・大学生には、
こちらの漫画版ではなく
新書「働くとは何か」を読んで欲しい、
いや、読むべきだと考えます。
現実的には新書を読みこなせる高校生は
一握りの進学校の
生徒だけかもしれません。
もしかしたら大学生でも
読めない者がいる可能性があります。
そのためにはこの漫画版は
有効と考えるべきでしょう。

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しかし、実社会に出ようとする人間が、
漫画に頼らなければ
ならないというのでは、
いかにも寂しい限りです。
漫画版を読み、それから新書へと
手を伸ばしてくれることを
期待したいと思います。

もちろん、
大人の貴方が読んでも
十分に面白い作品です。
私も十分に愉しめました。

(2024.7.15)

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