「世界推理短編傑作集1」(江戸川乱歩編)

探偵小説の源流は、こんなにも魅力に溢れた世界

「世界推理短編傑作集1」
(江戸川乱歩編)創元推理文庫

「世界推理短編傑作集1」創元推理文庫

「盗まれた手紙 ポオ」
「助けてくれるんなら誰にだって
五万フラン払うよ」という
警視総監の言葉を聞いた
デュパンは、
小切手を受け取るとすぐさま
例の手紙を取りだした。
それはこの一ヶ月、
警視総監が血眼になって
探していた手紙だった。
デュパンは…。

過去(明治・大正・昭和初期)の
日本のミステリを探すと
面白いものがいくつも見つかりますが、
海外に目を移しても同様です。
こんな素敵なミステリがあったのかと、
今さらながらその芳醇な世界に
魅了されてしまいます(単に
私が知らなかっただけなのですが)。

第一作・ポーの「盗まれた手紙」は、
世界初の探偵であるデュパンの
三作目の作品であるとともに、
後の探偵小説に広く影響を与えた、
古今東西の探偵小説の原典的作品です。

名探偵デュパン・シリーズは、
残念なことに
「モルグ街の殺人」
「マリイ・ロオジェ事件の謎」そして
「盗まれた手紙」の三作で
終了してしまいました。
探偵小説という新しいジャンルを
切り拓いたポーでしたが、
その道を突き進むことを、
ポーはしませんでした。
SF、ホラー、
ルポルタージュ的作品など、
幅広いエンターテインメントを
模索し続けたからです。
その「探偵小説」道をきわめたのが
ドイルです。

「赤毛組合 ドイル」
ホームズは赤い髪の男・
ウィルスンから
奇妙な依頼を受ける。
「赤毛組合」の解散の事情を
調べて欲しいというのである。
「赤毛組合」とは
百万長者だった赤毛の男が
自分の遺産を同じく赤毛の人々に
分け与えるために
創立した団体だった…。

シャーロック・ホームズ・シリーズ
短編第2作となる本作品では、
「赤毛組合」なる奇妙な団体の調査が
ホームズに舞い込みます。
事件捜査はやがて大規模な犯罪集団に
突き当たります。
ホームズの活躍が痛快です。

〔「世界推理短編傑作集1」〕
序 江戸川乱歩
盗まれた手紙 ポオ
人を呪わば コリンズ
安全マッチ チェーホフ
赤毛組合 ドイル
レントン館盗難事件 モリスン
医師とその妻と時計 グリーン
ダブリン事件 オルツィ
十三号独房の問題 フットレル
短篇推理小説の流れ1 戸川安宣

ホームズ・シリーズの爆発的人気は、
そのまま探偵小説ブームを誘発し、
いくつもの
「ホームズのライヴァルたち」が
登場することになります。
本作品に登場する探偵、
モリスンのヒューイット、
オルツィの「隅の老人」、
フットレルの「思考機械」が、
それにあたります。

「レントン館盗難事件 モリスン」
盗難事件の捜査の依頼を受けた
ヒューイットは、
レントン館に赴く。
この一年間で三度、
客の宝石が盗まれたのだという。
誰も侵入した
形跡のない部屋で何故?
不思議にも盗まれた宝石が
置いてあった場所には、
マッチの燃えさしが…。

「ダブリン事件 オルツィ」
「遺言状の偽造事件といえば、
わたしの見聞きしたなかでも、
興味深いという点で、
あの事件の右に出るものは
まずないと思うね」
その日、
隅の老人はそう語り出した。
しばらく前から
黙ってすわったまま、
紙入れから数枚かの写真を…。

「十三号独房の問題 フットレル」
不可能なんてことは
ありえんのだ。
脳髄さえ使えば監房脱出なんぞ
易々たるものだ。
ぼくの主張は
ちっとも変わらんよ。
いついかなる刑務所でもよい。
きみの指定の監房に
入れてもらおう。
一週間以内に、
誓って脱出してみせるから…。

ポーが探偵小説の創始者、
ドイルが探偵小説の中興の祖と
なるのですが、
そのポーとドイルの間に位置し、
英国探偵小説を確立させたのが
コリンズです。

「人を呪わば コリンズ」
ある重大事件が起こって、
きみの助力を
願わなければならなくなった。
当課でも、
経験豊富な人物のあらゆる努力を
必要とする事件だ。
現在きみが捜査にあたっている
盗難事件は、
本書面を持参する青年に
ひきついでいただきたい…。

作者コリンズは長編ミステリとしては
「月長石」と「白衣の女」が有名です。
特に「白衣の女」は、
あの宮崎駿が
映画「ルパン三世カリオストロの城」の
モチーフにした
江戸川乱歩の「幽霊塔」の、
源作品だった黒岩涙香の「幽霊塔」の、
翻訳元作品である「灰色の女」を書いた
A.M.ウィリアムスン
参考にした長編であり
(長い説明で申し訳ありません)、
注目すべき作家といえるでしょう。

こうした探偵小説の黎明期から、
女流作家が登場していました。
アンナ・キャサリン・グリーンです。
彼女が1878年に著した
「リーヴェンワース事件」は、
女性による世界初の
探偵小説となっています。
本作品収録の短篇は、
女性ならではの視点から描かれた情緒が
しみじみとした感動を与える
作品となっています。

「医師とその妻と時計 グリーン」
ニューヨークの高級アパートで、
事業家ハスブルック氏が
殺害されるという事件が起こる。
犯人は何一つ
痕跡を残していなかったため、
事件は迷宮入りする。
担当刑事グライスは、
その隣家の盲目の医師
ザブリスキーに興味を覚える…。

この時期、文豪もまた探偵小説を
書いていたことにも驚かされます。
本アンソロジーでも、
チェーホフの作品は
ひときわ目を引きます。
描かれているのは死体なき殺人。
ミステリではよくあるパターンです。
しかしその後の顛末は
よくあるものではありません。

「安全マッチ チェーホフ」
主人が殺されたという通報に、
予審判事と
その助手兼書記の青年が
捜査を開始する。
現場に残されていた
安全マッチから、
青年は犯人を推理する。
青年は誇らしげに言い放つ。
「今日という日から、
僕は自分を
尊敬しはじめますよ!」…。

読み終えれば、
「死体なき殺人」などといった
本格的ミステリではないことに、
「してやられた感」で一杯になります。

探偵小説の源流は、こんなにも
魅力に溢れた世界だったのか!
現代のミステリを読んでいる
場合ではなかった。
そんな思いで一杯になります。
あの江戸川乱歩が編纂した
アンソロジー「世界推理短編傑作集」、
その第1巻を、ぜひご賞味ください。

(2024.7.19)

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