味わいどころは慎介の冒険、静馬の暗躍、千絵の決断
「佝僂の樹」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション⑥」)柏書房
(「青い外套を着た女」)角川文庫
転落したバスで
唯一生き残った慎介は、
同乗していた青年からの遺言
「ポケットの中の包みを
人見千絵に届けて欲しい」を
実行する。だが慎介から
つつみを受け取った千絵は、
激しく狼狽する。
そしてその帰途、
慎介は何者かに銃撃され…。
昭和13年発表の、
横溝正史の短篇作品です。
里見慎介は
青年から包みを預かるのですが、
それが事件を呼び、
その事件に彼は
しっかりと巻き込まれるのです。
〔主要登場人物〕
里見慎介
…若い小説家。
バス事故で乗り合わせた青年から
遺言を託される。
磯貝謙三
…里見の中学時代の友人。須磨在住。
里見はバス事故前、
この男のもとを尋ねていた。
桑野百合枝
…ダンサー。快活な少女。里見の友人。
日下部辰夫
…里見がバスで乗り合わせた青年。
ポケットの中の包みを里見に託す。
百合枝と同棲していた。
日下部耕平
…辰夫の兄。神戸在住。
人見千絵
…辰夫が託した包みの受取人。
美しい少女。辰夫の婚約者だった。
人見弘介
…千絵の父親。裕福な官吏。
殺害される。
波岡ぎん
…人見家の醜い家政婦。
鵜飼静馬
…人見家の書生。
佝僂病(骨軟化症)を患う。
千絵に想いを寄せていた。
〔事件の概要〕
①幽霊屋敷にて慎介と辰夫遭遇
②バス転落事故、
辰夫から慎介に「包み」が託される
➂「包み」を千絵に引き渡した帰途、
慎介佝僂男から銃撃を受ける
④慎介と千絵が訪れた展覧会会場で
石膏像に塗り込められた
百合枝の死体が発見される
⑤告白書が慎介に届く
本作品の味わいどころ①
青年作家慎介の冒険奇譚
短篇ながら、
主人公の青年作家・里見慎介は
不可解な事件に巻き込まれます。
バスの転落事故は
事件と無関係の不可抗力なのですが、
それ以外に、消音ピストルで銃撃され、
訪れた展覧会場では
知人の遺体が展示物の石膏像から
発見されるなど、災難が続きます。
戦前の横溝の作風
「何でもあり」の展開です。
なお、この石膏像に
死体が塗り込められた状態で
発見されるパターンは、
横溝が好んで使うものです。
由利・三津木コンビの作品では
「石膏美人」(1936年)、
金田一ものでは
「堕ちたる天女」(1954年)、
「柩の中の女」(1958年)、
ジュヴナイルにおいても
「蠟面博士」(1954年)で、
この設定が使用されています。
本作品の味わいどころ②
化け物キャラ静馬の暗躍
加えて化け物キャラの暗躍が
目を引きます。
戦前の横溝作品、
特に由利・三津木シリーズでは、
化け物キャラが頻繁に登場し、
筋書きを盛り上げています。
「獣人」の「獣人」、
「夜光虫」の「ゴリラ男」、
「首吊船」の「絞刑吏(くびつりやくにん)」、
「真珠郎」の「殺人鬼・真珠郎」など、
枚挙に暇がありません。
ところで今回登場するのは「せむし男」。
身体に障害があるにもかかわらず
神出鬼没、
だからこそミステリアスなのです。
同じ化け物キャラを多用した
江戸川乱歩は、
そのものずばりの化け物キャラが
実体として登場する作品が
ほとんどでしたが、
横溝の場合、半分はフェイクです。
今回の「せむし男」は実体か、
それとも実体を眩ます虚像なのか?
それにしても「静馬」なる名前も、
横溝お気に入りの人物名です。
特に、不幸な運命を背負った青年に
「静馬」を付する傾向が見られます。
有名なところでは金田一シリーズの
「犬神家の一族」の
「青沼静馬」がありますが、
それ以外にも
「迷路荘の惨劇」での「尾形静馬」、
由利・三津木シリーズでは
「黒衣の人」の「緒方静馬」、
「仮面劇場」の「甲野静馬」、
「悪魔の設計図」の「都築静馬」、
人形佐七捕物帳では
「三本の矢」の「兵藤静馬」、
ノン・シリーズ作品でも
「仮面舞踏会」の「柚木静馬」と続きます。
本作品の「鵜飼静馬」は
どのような運命をたどるのか?
本作品の味わいどころ➂
美少女千絵の可憐な決断
本作品は謎解きではありません。
そして里見慎介が
探偵役を務めるわけでもありません。
事件の決着はすべて美少女千絵が、
果敢にも行っていくのです。
千絵に降りかかってくる災難を
慎介が解決し、二人は円満に…、
などというハッピー・エンドは
存在しません。
こればかりはぜひ読んで
確かめてください、としか
いいようがありません。
読み終えると、いかにも横溝らしい
作品であることが分かります。
味わい深いにもかかわらず
顧みられることのない作品ですが、
それだけに
愛おしい作品であるといえます。
ぜひご賞味ください。
(2024.7.26)
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(2024.7.31)
〔「横溝正史ミステリ短篇
コレクション⑥」収録作品一覧〕
白い恋人
青い外套を着た女
クリスマスの酒場
花嫁富籤
仮面舞踏会
佝僂の樹
飾窓の中の姫君
覗機械倫敦綺譚
花火から出た話
物言わぬ鸚鵡の話
マスコット綺譚
恋慕猿
X夫人の肖像
八百八十番目の護謨の木
二千六百万年後
空蟬処女
玩具店の殺人
頸飾り綺譚
劉夫人の腕環
路傍の人
帰れるお類
いたずらな恋
上海氏の蒐集品
〔角川文庫「青い外套を着た女」〕
白い恋人
青い外套を着た女
クリスマスの酒場
木乃伊の花嫁
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