近代文学作品から日本と日本人の在り方を再分析
「本よみの虫干し」(関川夏央)
岩波新書
根が文学嫌いで
あったものだから、
本書中にとりあげた
作品の大部分は
はじめて読んだのである。
この本「本よみの虫干し」は、
おそまきながら
「文学鑑賞」の呪縛を脱し得た目で
眺めた
日本近代文学による日本近代像、
その中間報告で…。
2001年に刊行された本書、
わが家の書棚の奥底に
眠っていたのですが、
20年ぶりに再読してみました。
〔本書の構成〕
「本よみの虫干し
~日本の近代文学再読」
関川夏央 (岩波新書)
まえがき
一 「やさしさ」と「懐旧」の発見
二 「愛」というイデオロギー
三 「病気」「貧乏」
および「正直」ということ
四 「人生」という課題
五 「家族」と
「家族に似たもの」をめぐる物語
六 「個人」であることの不安
七 激烈な異文化接触
八 自分の戦争、他人の戦争
九 「青年」というステイタス
あとがきにかえて
本書の味わいどころ①
取り上げられた多彩なラインナップ
取り上げられているのは
国内外の文学作品59点。
そのラインナップは多種多様です。
武者小路実篤「友情」、
志賀直哉「小僧の神様」、
夏目漱石「三四郎」といった
日本の古典文学はもとより、
ラディゲ「肉体の悪魔」、
ルナール「にんじん」、
カミュ「異邦人」など、海外の
有名作品も取り上げられています。
それだけなら似たような
ブックレビューは
数多く見つかるでしょう。しかし、
松本清張「点と線」、
片岡義男「給料日」、
阿佐田哲也「麻雀放浪記」など、
今日大衆文学と見なされているものも
取り上げています。さらには
イザベラ・バード「日本奥地寄港」、
石光真人「ある明治人の記録」、
大島みち子・河野実「愛と死をみつめて」
など、全く聞いたことのない作品まで
幅広い選択となっているのです。
上の「本書の構成」のとおり、
九つのテーマに沿って
59作品が配列され、なるほどと
唸らされる内容となっているのです。
本書の味わいどころ②
筆者ならではの鋭い切り口
しかも単なる書評ではありません。
作品に対する文学的歴史的考察と
いえばいいのでしょうか。
作家と作品にまつわる興味深い背景を
掘り下げて紹介しています。
石川啄木「啄木 ローマ字日記」
(このチョイスがすごい)では、
「啄木は節倹するかわりに、
活動写真と女性に逃避した。
前借りした月給が手元にあると
落ち着かない気分になり、
浅草へ行って洋食を食べ、
安価な娼婦を買った」。
労働者の貧困を「じっと手を見る」と
表現した詩人は、実は
金があっても無駄遣いしていただけ?
啄木を見る目が変わります。
川端康成「伊豆の踊子」では、
作品を「ずいぶん性的な小説」と
説きながら、
「全員がめでたく大衆となった
戦後の高度成長期には、
こんな葛藤はリアリティを持たない。
ゆえに「伊豆の踊子」を
純愛小説認識するしかなかった」。
こちらは作品の姿が違って見えます。
さらには鋭い切り口で
作品と現代との関連を読み解き、
読み手に提示しています。
大岡昇平「俘虜記」では、
「八月だけ戦争のアルバムを
棚卸しして足れりとする現代日本は、
今にいたるまでやはり収容所の安楽を
享受してきただけではないかと
疑うことがある」。
火野葦平「麦と兵隊」では、
「戦後の「反省ブーム」は
日本人に「麦と兵隊」を
忘れさせようとつとめたが、
作品は作家の人柄の力を借りて
きわどくそれに対抗し得た」。
筆者の鋭い視点が並びます。
本書の味わいどころ➂
味わい深い日本語の数々
そして味わうべきは筆者の駆使する
日本語の美しさと説得力でしょう。
特に各節の最後の一文が
印象深いフレーズとなって
読み手に迫ってきます。
「だがいま、
獅子文六はかえりみられない。
テキストさえたやすくは手に入らず、
獅子てんや瀬戸わんやという
題名にあやかった漫才コンビも
忘れられた。
私たちはついでに、文学の意味も
忘却した」
(獅子文六「てんやわんや」)、
「この小説で日本人のフランス観は
固定されたのだが、思えば、
明るく貧しく、無邪気にひねくれた
戦後日本であった」
(サガン「悲しみよ、こんにちは」)など、
味わい深い言葉が並びます。
本書は単なる書評などではなく、
近代文学作品から
当時の日本と日本人の在り方を
再分析しようとする試みなのです。
文学からこれだけのことを
読み取ることが可能だとは。
文学を読む喜びが大きくなる一冊です。
ぜひご賞味あれ。
(2024.7.29)
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