旅先で訪れた「都」、しかも男女の出会う「都」
「百年文庫050 都」ポプラ社
「くすり指 ギッシング」
伯父とともにローマに滞在する
ケリン嬢は、
朝食のテーブルで知り合った
英国人青年ライトンに
惹かれていく。
ケリン嬢はこのまま伯父と過ごす
灰色の将来を憂い、
ライトンは来るはずの手紙を
待ちわび、都での日々を
過ごしていた…。
百年文庫第50巻読了です。
テーマは「都」。「都」が舞台の
傑作三作が収録されています。
それも旅先で訪れた「都」。
しかも男女の出会う「都」。
どんな「都」でどんな男女が
どんな出会いを果たすのか。
それが本書の
味わいどころとなっているのです。
〔「百年文庫050 都」〕
くすり指 ギッシング
お茶の葉 H.S.ホワイトヘッド
ローマ熱 ウォートン
第一作、ギッシングの「くすり指」は、
政治・経済・文化・宗教の中心地である
イタリアの首都ローマが舞台です。
欧米の小説や映画では
しばしば恋愛の舞台となる地ですが、
本作品においてもしかりです。
ただし恋は成就しません。
すれ違いの恋の舞台としての
ローマなのです。
素敵な出会いを待つ
アイルランド女性・ケリン嬢と、
結婚承諾の手紙を待つやや優柔不断な
イギリス人青年・ライトンが、
見事にすれ違います。
「お茶の葉
H・S・ホワイトヘッド」
欧州旅行に参加したアビーは、
ロンドンの小さな店で、
古いながらも魅力ある
ネックレスを値切って買い取る。
旅行後、そのネックレスを
身につけて出掛けたパーティで、
彼女は素敵な男性と出会う。
男性はそのネックレスを見て…。
第二作、H・S・ホワイトヘッドの
「お茶の葉」の舞台は、
ロンドンとニューヨークです。
二つの都で
主人公・アビーが出会うのは、
素敵な男性ではありません。
素敵な男性と出会うきっかけとなった
「ネックレス」と出会ったのが
ロンドンであり、
その正しい価値が判明するのが
ニューヨークなのです。
素敵な男性と結ばれるくだりは…、
描かれていません。
しかし最後の彼女の独り言が素敵です。
「わたし、あの人と結婚することに
なるような気がするわ」。
爽やかな余韻を残して
物語は幕を閉じるのです。
「ローマ熱 ウォートン」
高い崖の上につき出た
ローマのレストランのテラスで
昼食をとっていた、
年だがきれいに化粧した
ふたりの中年のアメリカ女性が、
テーブルから立って
歩いて行って、
手すりにもたれて
まず互いに顔を見あわせ、
それから目の前に…。
第三作、ウォートンの「ローマ熱」は、
表題通りローマが舞台ですが、
そこで描かれているのは
中年となった女性二人、
アライダとグレイスの
激しい心理戦であり、
男女の出会いはその二人が過去に訪れた
ローマでの出来事なのです。
すでに故人となっている、
二人が愛した男性ホーレス
(グレイスの夫となる)との出会いが
物語の鍵となっているのです。
人が集まる「都」。
だからこそ男女の出会いがあり、
だからこそ男女はすれ違い、
だからこそ男女の巡り会う予感があり、
だからこそ男女の三角関係も
生じるのでしょう。
「都」ならではの素敵な作品三点です。
素敵なのは作者三人も同様です。
三者三様の味わいがあります。
ギッシングはイギリスの作家。
極貧生活に耐えながら、
労働者階級の生活に
光を当て続けました。
H・S・ホワイトヘッドは
アメリカの怪奇小説作家です。
超自然現象を扱ったような
ダークな作品に定評がありますが、
本作品は幸せな色合いに満ちています。
ウォートンはアメリカの女性作家。
1921年には女性初の
ピューリッツァー賞を受賞しています。
男女の出会いは「都」でなければ
なかなか達成できませんが、
人と本の出会いならどこでも可能です。
ぜひこの三人の作家の作品に
出会ってください。
(2024.7.30)
〔作者ギッシングについて〕
ジョージ・ギッシングは1857年生まれ
1903年没のイギリスの作家です。
大学在学中は成績優秀で
将来を嘱望された存在でした。
ところが貧しい娼婦を助けるために
盗みを犯し、放校処分の上の入獄。
服役後、一度渡米するものの
イギリスに舞い戻り、
以後は極貧生活に甘んじます。
作品「三文文士」が
ようやく認められたものの、
売れ始めて10年も経たないうちに
病没するのです。
〔ギッシングの本はいかが〕
著作の多くが
絶版となっているのですが、
代表作「ヘンリー・ライクロフトの私記」は
岩波文庫版と光文社古典新訳文庫版が
現役で流通しています。
〔H・S・ホワイトヘッドについて〕
H・S・ホワイトヘッドの専門は
ホラー小説。
アメリカの恐怖小説専門誌
「ウィアード・テールズ」に、
土俗信仰に材をとったホラー作品を
いくつか発表しました。
本書収録の「お茶の葉」は、
そうしたホラー作品を集めた作品集
「ジャンビー」の最後に
収録されています。
〔ウォートンの作品について〕
2022年、2023年、2024年と、
3年連続で新訳が出版されています。
忘れられかけた作家の一人でしたが、
今ウォートンのブームが
静かに訪れています。
〔百年文庫はいかが〕
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