味わいどころは怪奇幻想・恋愛物語・勧善懲悪
「不思議屋」
(オブライエン/南条竹則訳)
(「不思議屋/ダイヤモンドのレンズ」)
光文社古典新訳文庫
「不思議屋ヘール・ヒッペ」。
不思議屋とは何だろう?
人々は尋ね合った。
誰も答えることはできなかった。
この件については
何もわからなかった。
人々は、ヒッペ氏は贋金造りか
魔術師だという結論に達し、
意見は二つに分かれていた…。
「不思議屋」。
ほのぼのとした語感なのですが、
実は悪魔の店なのです。
ポーの後継者とも言われる
怪奇幻想小説作家オブライエンの
短篇です。
味わいどころは、
怪奇幻想、
恋愛物語、
勧善懲悪、の三つです。
〔主要登場人物〕
ヘール・ヒッペ
…不思議屋の店主。
悪魔の計画を練っている。
フィロメル夫人
…ヒッペの店の隣に住んでいる
占い師の老婆。
ヒッペの計画に加担し、
悪魔の魂を集めた。
ケルプロンヌ
…ちびのフランス人。義眼は悪魔の眼。
ヒッペの計画に加担。
オークスミス
…背の高い男。ヒッペの計画に加担。
ゾネーラ
…ヒッペに囚われている娘。
十六歳くらい。
ソロン
…ゾネーラを愛する若い詩人。
ヒッペに捕らえられる。
ファービロウ
…ヒッペに囚われている猿。
ゾネーラに忠実。
ピッペル
…ヒッペの店の近くの小鳥屋の店主。
本作品の味わいどころ①
怪奇幻想
呪いの人形と悪魔の計画の全貌
悪者たちはヒッペ、フィロメル、
ケルプロンヌ、オークスミスの
四人のジプシーたち。
ヒッペの創り上げた人形(玩具)に
フィロメルの集めた
「悪魔の魂」を吹き込み、
クリスマスの夜、
それらを子どもたちにプレゼントし、
大量殺戮を企てるという
恐ろしいものです。
悪魔の魂が吹き込まれた人形が
人を襲うという題材は、映画では
「チャイルド・プレイ」(1988年)、
近年では
「アナベル 死霊館の人形」(2015年)
等が見当たりますが、
これらは一体のみの単独行動。
ヒッペの創り上げた悪魔人形は
かなりの数があり、
それらがクリスマスの夜に
暴走するのですから
スケールが違います。
本作品の味わいどころ②
恋愛物語
囚われの娘と背に瘤を負う青年
単なるホラー作品ではありません。
そこに若い男女の
純愛物語が絡んできます。
ヒッペに捕らえられ、
屋根裏部屋に幽閉され、
猿のファービロウとともに
オルガン弾きの小銭稼ぎを
命じられている娘・ゾネーラと、
ヒッペの店の近くに住む
背中の曲がった小男・ソロンの二人が
互いに惹かれ合います。
本作品の味わいどころ➂
勧善懲悪
若者の解放と自滅する悪魔たち
本作品は
ホラー小説でもパニック小説でもなく、
昔ながらの勧善懲悪の作品です。
従って悪魔の計画が
実行されることはなく、
それでいてソロンとゾネーラの二人が
逆襲に転じるのでもなく、
かといって正義の味方が
現れるわけでもなく、
物語は最終場面で急転直下、
ジプシーたちは自滅していきます。
詳しくはぜひ読んで確かめてください。
さらにソロンとゾネーラのその後が
記されるわけでもなく、
あっけない幕切れとなります。
物足りなさを感じてしまうのですが、
仕方ありません。
本作品は1859年発表、文学もまだまだ
未成熟の時代だったのです。
日本はその年、安政の大獄の翌年であり、
明治が始まってすらいない
時期なのです。
先日は本書の表題作のもう一方、
「ダイヤモンドのレンズ」を取り上げ、
「古典的SF作家オブライエン」と
紹介しました。
本作品からすれば「古典的ホラー作家」と
なるのでしょうか。
ポー同様、ジャンル分けの難しい、
全方位に特異な才能を発揮した
作家の一人です。
ぜひご賞味あれ。
(2024.8.5)
〔オブライエンについて〕
フィッツ・ジェイムズ・オブライエンは
1828年アイルランド生まれの
アメリカの作家です(1862年没)。
ダブリン大学で学んだ後、
ロンドンで生活するものの、
放蕩三昧で遺産を浪費、
24歳でニューヨークに渡ります。
作家として身を立てるのですが、
南北戦争での戦傷がもとで
34歳で早逝しています。
その作品の多くは
現在忘れ去られようとしています。
流通しているのは
本書一冊となっています。
※「オブライエン」で検索すると
「ティム・オブライエン」の
著書ばかりが出てきます。
〔「不思議屋/ダイヤモンドのレンズ」〕
ダイヤモンドのレンズ
チューリップの鉢
あれはなんだったのか? 一つの謎
なくした部屋
墓を愛した少年
不思議屋
手品師ピョウ・ルーが持っている
ドラゴンの牙
ハンフリー公の晩餐
解説/年譜/訳者あとがき
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