「百年文庫052 婚」

笑いあり涙ありの「結婚」三作品

「百年文庫052 婚」ポプラ社

「求婚者の話 久米正雄」
単刀直入を身上とする
大学生「鈴木君」は、
窓下を眺めていて見つけた
洋傘の娘に一目惚れする。
下宿を飛び出た「鈴木君」は、
彼女の後を追跡する。
「これはこんなに
愚図々々していられない。
己はあの人をどうしても
妻にしなければ」…。

求婚者の話

百年文庫第52巻の読了です。
テーマは「婚」。
もちろん「結婚」の「婚」。
結婚にまつわる笑いあり涙ありの
三作品です。

〔「百年文庫052 婚」〕
求婚者の話 久米正雄
下宿屋 ジョイス
アリバイ・アイク ラードナー

今日のオススメ!

第一作、久米正雄の「求婚の話」は、
破天荒な主人公「鈴木君」の
キャラクターを味わうべき作品です。
美しい娘に一目惚れし、
尾行して自宅を突き止め、
すぐさま上がり込んで
結婚を直談判するなど、
現実には考えられません。
もしそんな人間が存在したら、
すぐさまストーカー行為で
摘発されてしまいます。

結婚を承諾させる条件として
「三年の間に成功を収める」と
自ら約束した「鈴木君」。
中国に渡り、
身体を張って有望な鉱山を発見、
上海の経済状況を調査、
有力企業に上海支店の設置と
その営業を任せてもらえるよう直談判、
見事に経営を軌道に乗せるなど、
やはり現実には考えられません。

小説を味わうことは、
虚構の世界を堪能することです。
「鈴木君」の猛烈な個性を、
噛みしめるようにして味わうべき
一品です。

「下宿屋 ジョイス」
ポリーのそぶりが
すこし変になりだした、
そこでその青年は
明らかに動揺しかけていた。
ついに、頃合いよしと見定めて、
ムーニー夫人が干渉に出た。
彼女は倫理的な問題を、
肉切り人が
肉を扱うように処理する、
そして今度の場合…。

下宿屋

第二作、ジョイスの「下宿屋」は、
中心となる三人、
ムーニー夫人、その娘ポリー、
それにちょっかいを出してしまった
ドーランの三人のキャラクターを
味わうべき作品です。
はじめは口を出さずに
じっくり監視して証拠を押さえ、
男が動揺しはじめた頃合いを
見計らって一気にたたみかける。
二人を手の平で踊らす
夫人の計算高さが味わいどころです。
加えて、それにしっかりと
はまってしまった哀れな男・ドーラン、
母親の策略に気づかないまま
ドーランと結びつけられるポリー、
「結婚ってこんなものだっけ?」という
違和感こそが本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

「アリバイ・アイク ラードナー」
やつはフランク・X・ファレルと
いうんだがね、
どうもXってのは、
「言いわけ」のXじゃねえかなあ。
なぜってこの男、
ファインプレーした時も
失敗した時も、
何かやったらきまって
「ごめんよ、実は…」って
言いわけか弁解をやるんだ…。

アリバイ・アイク

第三作、
ラードナーの「アリバイ・アイク」は、
やはり主人公・アイクのキャラクターが
魅力なのですが、それ以上に
落語調の文体を味わうべき作品です。
本作品の展開の妙を支えているのが
文体の旨味です。
「おれ」による語りは、
そばにいる誰かに話しかけているような
軽快さがあります。
したがって、読み手は
誰かから話しかけられているような
錯覚に陥るのです。
友だちから、自分の知らない面白い男の
話を聴かされているような気分になり、
つい表情が緩んでしまいます。

まるで落語です。
これがラジオから流れてきたら
さながら「アメリカ版落語」といった
ところでしょう。
このノリのよい文体、
ラードナーと加島祥造両師匠による
「ベースボール小噺」的口調こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

三篇を続けて読み終えたあとは、
「結婚ってこんなものだっけ?」と
首をかしげてしまうこと
間違いありません。
結婚に甘い夢を抱けば
あとから大きな落胆が訪れるし、
冷静に結婚の現実を直視しすぎると
踏み切れなくなってしまうでしょう。
結婚にもいろいろな形があり、
酸いも甘いもあるのだと思うくらいが
ちょうどいいのかもしれません。

結婚して時間が経った方、
これから結婚を考える方、
結婚に価値を見出していない方、
すべての方にお薦めします。
ぜひご賞味ください。

(2024.8.13)

〔久米正雄の作品はいかがですか〕
著作の多くは現在流通していませんが、
嬉しいことに2019年、岩波文庫から
「久米正雄作品集」が刊行されています。
こちらがお薦めです。

また、中公文庫刊のアンソロジー
「開化の殺人-大正文豪ミステリ事始」
には、「別筵」が収録されています。

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今日のオススメ!

なお、青空文庫では、
以下の九作品が公開されています。
競漕

「私」小説と「心境」小説
受験生の手記
父の死
手品師

良友悪友
私の社交ダンス

〔ジョイス「ダブリン市民」〕

〔ジョイスの作品はいかがですか〕

〔ラードナーの本はいかがですか〕
加島祥造訳のラードナー作品集は、
1970年代に
「微笑みがいっぱい」「息がつまりそう」
「ここではお静かに」など
数冊が出版され、
一世を風靡しましたが、
絶版となって久しくなります。
新潮文庫より短編集として
本作品をタイトルとした
「アリバイ・アイク ラードナー傑作選」
2016年に復刊したものの、
すでに流通していません。
それ以外に、
以下の書籍が出版されていました。
「メジャー・リーグのうぬぼれルーキー」
「大都会」
電子書籍では
以下のものがリリースされています。
「微笑みがいっぱい」
「息がつまりそう」
「ここではお静かに」
「メジャー・リーグのうぬぼれルーキー」

〔百年文庫はいかがですか〕

ANURAG1112によるPixabayからの画像

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