描かれているはずなのですが…、ないのです
「第一の手紙~第四の手紙」
(安部公房)
(「題未定 安部公房初期短編集」)
新潮文庫
(「安部公房全集001」)新潮社
見も知らぬ、聞きも知らぬ人に
手紙を書くと言う、
此の不可能に近い大胆な試みを、
到々決心するに至った理由は、
勿論何よりも先に説明して
掛る可きものなのでしょうが、
むしろ、今日迄、
止むに止まれぬ気持で
幾度も思い立ち…。
安部公房の初期作品であり、
小説としては第四作にあたるものです。
表題通り、
四つの手紙の文面からなる作品であり、
しかも宛先が不明、
誰かに何かを訴えるというよりも、
自分自身の考えを
不特定多数の人間に語りかける、いや、
一人で呟いているかのような作品です。
当然、何を書いているのか、そして
安部が何を言おうとしているのか、
わかりにくいものがあります。
「第一の手紙」は、
「詩」について、というよりも
「詩」が成立する要素について、
というよりも
「詩」をこれから考えていくという
予告めいたものが書かれてあります。
そこには筋書きや物語などは存在せず、
これから行おうとしている行為について
あらかじめしておくべき言い訳を
滔々と述べているような
印象を受けます。
そもそも書かれてあることに
「他者」が現れていないからです。
「第二の手紙」は、
少しだけ具体性が盛り込まれます。
しかし書かれてある内容は
「歩道」について、というよりも
「歩道」を補修する工事作業員と
その「歩道」を
行き過ぎていく人々について、
というよりもそれを見ていて感じた
「雑感」のようなものといえます。
いったい何を語りたいのか、
一読しただけでは判別不能です。
しかしながら、ここで初めて
(不特定多数の)「他者」が
描かれてくるのです。
「第三の手紙」から
安部らしさが現れてきます。
書かれてあるのは
「例の男」の囁きなのですが、
その「例の男」は
どうやら死んでいるらしい
(つまりは幽霊か?)のです。
「ふと今夜お前を見て、
私は失った肉体の事を
しみじみと思い出す」。
「男」は何を語ったのか?
謎めいた「手袋」と「仮面」を
装着した話です。
「仮面」をはめたら、顔と一体化し、
しかも顔の表と裏が逆転した。
「手袋」をはめたら、
やはり手と一体化し、
のっぺりとしたつるつるの手となった。
ただそれだけなのですが、
「裏返しになった顔」は
後年の「他人の顔」に通じるものであり、
「つるつるの手」は手相を失う、
つまりは将来を失ったと
いうことなのでしょうか。
そして続く「第四の手紙」には、
翌日の「男」の
「顔」と「手」が描かれているのです。
そこに「男」が「死」を選択する理由が
描かれているはずなのですが…、
ないのです。
原稿そのものが失われ、
途中で終了しているのです。
消失部分にこそ、安部の世界が
広がっていたのでしょうが、
残念でなりません。
それでも残された部分を読むと、
ワクワクさせられます。
「それは即ち、内部と外部とが
入れ替わった様な世界だった」
「云い代えれば呼吸の様な、
心臓の鼓動の様な世界だった」
「つまり、
私の顔は裏返しになっていた」。
恐らくはここから
「他人の顔」の原形ともいえる世界が
展開していたのでしょう。
難しい作品解釈は
専門家や研究者に任せるとして、
私たちは作品そのものを
単純に味わうだけです。
「わからない」なら「わからない」ことを
噛みしめるべきであり、
作品から滲み出る「味わい」を
愉しめばいいのです。
今年(2024年)生誕100年となる
安部公房。
新潮文庫からは3月に「飛ぶ男」、
4月にこの「題未定」、さらには9月に
「死に急ぐ鯨たち・もぐら日記」が
刊行されます。
昭和の時代に数多く文庫化されながら、
絶版となったきりのものが
まだ数点あります。
ぜひ復刊してほしいものです。
まずは本書からご賞味ください。
(2024.8.22)
〔「題未定 安部公房初期短編集」〕
(霊媒の話より)題未定
老村長の死(オカチ村物語(一))
天使
第一の手紙~第四の手紙
白い蛾
悪魔ドゥベモオ
憎悪
タブー
虚妄
鴉沼
キンドル氏とねこ
解題 加藤弘一
解説 ヤマザキマリ
〔「安部公房全集001」〕
問題下降に依る肯定の批判
題未定(霊媒の話より)
秋でした
中埜肇宛書簡 1
中埜肇宛書簡 2
中埜肇宛書簡 3
或る星の降る夜
旅よ
中埜肇宛書簡 4
旅出
阿部六郎宛書簡
神話
僕は今こうやって
いてつける星
中埜肇宛書簡 5
君が窓辺に
もだえ
夜の通路
ひとり語
中埜肇宛間簡 6
ユァキントゥス
詩と詩人(意識と無意識)
嵐の後
歎き
静かに
暁は白銀色に
中埜肇宛書簡 7
観る男
そら又秋だ
誠に愛を
僕のふれたのは
友来てぞ
没落の書
老村長の死(オカチ村物語1)
没我の地平
中埜肇宛書簡 8
第一の手紙〜第四の手紙
様々な光を巡って
死
化石
厚いガラスや
白い蛾
無名詩集
中埜肇宛書簡 9
中埜肇宛書簡 10
終りし道の標べに
四章・書出しに
牧草
中埜肇宛書簡 11
中埜肇宛書簡 12
悪魔ドゥベモオ
憎悪
異端者の告発
タブー
生の言葉
Memorandum1948
名もなき夜のために
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