どう見ても「紳士」とはいいかねます
「赤い絹のショール」
(ルブラン/堀口大學訳)
(「ルパンの告白」)新潮文庫
「赤い絹の肩かけ」
(ルブラン/井上勇訳)
(「世界推理短編傑作集2」)
創元推理文庫
往来を歩きながら
オレンジの皮を落としていく男と
壁に「十字に丸」の
記号を記す少年。
二人を追ったガニマール警部が
たどり着いた建物の部屋に
待っていたのは
あのルパンだった。
ルパンは、
殺人事件と思われる証拠を
警部に手渡し…。
これまでルブランの
ルパン・シリーズは
「813」「続813」「水晶栓」「奇岩城」と、
長篇ばかりを取り上げてきました。
実はルパン・シリーズは、
ホームズ同様、
短篇の方が味わい深いものがあります。
本作品「赤い絹のショール」は、
短篇作品の中で
最も人気の高い一篇です。
〔主要登場人物〕( )は井上訳
アルセーヌ・ルパン (リュパン)
…怪盗紳士。
ガニマール警部
…ルパンを追う警部。
ジュドゥイ保安課長 (デュドゥーイ)
…ガニマールの上司。
ジェニー・サフィール (ジェニィ)
…キャバレーの歌姫。殺害される。
高価なサファイアを
持っていたとされる。
プレバイユ (プレヴァイユ)
…事件の容疑者として逮捕されるが、
無実を訴える。
本名はトーマ・ドロック。前科者。
本作品の味わいどころ①
ルパンのプロファイリング
ルパンの最大の特徴は
怪盗でありながら
探偵でもあることでしょう。
後年には「バーネット探偵者」を
開業するルパンですが、本作品中では
そこまで本腰を入れて探偵業に
取り組んだわけではありません。
偶然入手したいくつかの証拠品から、
殺人事件が起きていることを
ガニマールに情報提供するのです。
その証拠品からプロファイリングされる
被害者・加害者の人物像。
そこにはホームズも顔負けの
恐るべき観察眼が披露されています。
このルパンのプロファイリングと
ガニマールの捜査の行方こそ、
本作品の第一の
味わいどころとなっているのです。
本作品の味わいどころ②
ルパンのスーパーマンぶり
ガニマールと一対一で取引するための
冒頭に紹介した手段、
ガニマールとの会談後の素早い逃走術、
ガニマールに託した事件の行方を
完璧に読み切っていた先見性、
二重三重に仕掛けられた罠と策略、
見事としかいいようがありません。
「小説だから可能」といってしまえば
それまでですが、
作者ルブランの描くルパン像は、
読み手を十分に納得させます。
まさにスーパーマンとしか
いいようのないルパンの活躍こそ、
本作品の第二の
味わいどころといえるのです。
本作品の味わいどころ③
ルパンの基本的な人の悪さ
それでいてどうしても気になるのが、
ところどころに現れてしまう
ルパンの性格の悪さです。
ルパン・シリーズに出会う前、
「ルパン」とは、
「怪盗紳士」という称号に見あった
気品ある人物という印象を
すり込まれていましたが、
どうもそうではなさそうです。
ガニマールを利用するのは
ともかくとして、そのガニマールを
見下してこき下ろすのは
どう見ても「紳士」とはいいかねます。
これまで取り上げてきた長篇作品でも
そうした部分が散見されたのですが、
本作品はそれが最も強く表れています。
しかしそれもまた
ルパンの人間味であり、
魅力であると捉えるべきでしょう。
「シルクハットと夜会服に片眼鏡」という
典型的な紳士ではなく、
ルパンはもっと泥臭いのです。
このルパンの性格の悪さもまた、
本作品の味わいどころとして
大切な切り口となるのです。
それにしても「ルパン」というイメージは
広く浸透している割に、
ルブランの作品「ルパン・シリーズ」は、
古典ミステリとしての人気は
今ひとつです。
お洒落で紳士的な
イメージの先行に対して、
実は泥臭さや性格の悪さが
同居しているという、
こうしたルパン像の一貫性のなさが
その原因なのかもしれません。
私はそこが大好きなのですが。
(2024.8.23)
〔「ルパンの告白」〕
太陽のたわむれ
結婚リング
影の指図
地獄罠
赤い絹のショール
うろつく死神
白鳥の首のエディス
麦がらのストロー
ルパンの結婚
〔「世界推理短編傑作集2」〕
放心家組合 バー
奇妙な跡 グロラー
奇妙な足音 チェスタトン
赤い絹の肩かけ ルブラン
オスカー・ブロズキー事件 フリーマン
ギルバート・マレル卿の絵
ホワイトチャーチ
ブルックベンド荘の悲劇 ブラマ
ズームドルフ事件 ポースト
急行列車内の謎 クロフツ
〔新潮文庫のルパンシリーズ〕
前述したように、
堀口大學訳はいささか古びたものと
なってしまいましたが、
新潮文庫は貴重です。
「ルパン傑作集」と題された全10巻、
いかがでしょうか。
「ルパン傑作集Ⅰ 813」
「ルパン傑作集Ⅱ 続813」
「ルパン傑作集Ⅲ 奇岩城」
「ルパン傑作集Ⅳ 強盗紳士」
「ルパン傑作集Ⅴ ルパン対ホームズ」
「ルパン傑作集Ⅵ 水晶栓」
「ルパン傑作集Ⅶ バーネット探偵社」
「ルパン傑作集Ⅷ 八点鐘」
「ルパン傑作集Ⅸ ルパンの告白」
「ルパン傑作集Ⅹ 棺桶島」
ルパンの事件の時系列に
なっていないところが残念です。
〔関連記事:ルブランの「ルパン」〕
〔ポプラ社のルパンシリーズ〕
懐かしいシリーズが、
ポプラ社の南洋一郎訳です。
こちらは正確な翻訳ではなく、
翻案と呼ぶべきものです。
【今日のさらにお薦め3作品】
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