幽霊以上に恐ろしい「現実」がそれぞれ登場します
「レサカにて戦死」「チカモーガの戦い」
(ビアス/小川高義訳)
(「アウクリーク橋の出来事/豹の眼」)
光文社古典新訳文庫
われわれは
ブレイル中尉に対して、
賞賛とともに
好感を抱くようになった。
だから中尉が着任して
最初の戦闘では心配をした。
一つだけ軍人としてあるまじき
欠点が見受けられたのである。
中尉は一度も敵弾を
避けようとしなかった…。
「レサカにて戦死」
幽霊といえばビアス、
ビアスといえば幽霊、
そんなイメージが定着するほど、
アメリカの作家アンブローズ・ビアスは
幽霊ものを数多く書き上げました。
本書「アウクリーク橋の―」は、
そうしたビアスの幽霊ものを中心に
編まれた作品集ですが、
「中心から外れた作品」が
今日取り上げる2篇です。
幽霊は出現しません。
しかし、戦争に関わって、幽霊以上に
恐ろしい「現実」がそれぞれ登場します。
〔「レサカにて戦死」主要登場人物〕
「私」
…語り手。
南北戦争に参加している軍人。
ハーマン・ブレイル
…「私」の所属する隊の副官。
勇猛果敢で、敵の砲弾を
避けることをしない。戦死する。
マリアン・メンデンホール
…ブレイルの恋人と思われる女性。
美人。
第一作、「レサカにて戦死」は、
敵の砲弾を避けることをしない
ブレイル中尉の
死に様を描いた作品です。
彼はなぜ砲弾を避けなかったのか?
その理由が後半部で明らかにされます。
ぜひ読んで確かめてください。
何が「幽霊以上に恐ろしい現実」なのか?
それは戦争をまったく理解していない
女性・メンデンホール嬢の存在です。
自らの何気ない一言が
ブレイルを無惨な死に追いやり、
それがひいては
「百名ほどの男を抹殺」することに
繋がり、しかし彼女は
それにまったく気づいていない、
それが「恐ろしさ」なのです。
無邪気な分だけ、
それは一層際立ちます。
ビアスの筆は、
戦場での様子を冷徹かつ克明に、
恐ろしいまでに
生々しく描写しています。
それと対比する形での、
安全な地域にいて
温々と生活している人間の、
やはり恐ろしいまでの無関心。
幽霊が登場しなくても、
読み手に強烈な戦慄の走る
作品となっています。
子供は森に入った。
赤い光のおかげで易々と進み、
フェンスを乗り越え、
畑を駆け抜け、
振り返っては同じように動く
影とたわむれつつ、
火に包まれた
家屋に近づいていった。
もはや廃墟だ!
燃え広がる炎の中に、
生命らしきものは…。
「チカモーガの戦い」
〔「チカモーガの戦い」主要登場人物〕
「子供」
…農園経営者の一人息子。
戦いが好きで、
一人で戦争ごっこを楽しむ。
第二作「チカモーガの戦い」も同様です。
南北戦争の一コマを
切り取ったような作品です。
森に遊びに出掛けた「子供」が
迷子になり、疲れて眠ってしまいます。
眼をさました「子供」は、森の中で
異様な人間たちに出合うのです。
「這っている。
手だけ使って脚を引きずる。
膝だけ使って腕に力がない。
立ち上がろうとして、
ばったり倒れる。
まともな動きではない。」
子どもの日常の中に突如として現れた
「戦場」は、その子どもの目で見ると
このようなものだ、という
ビアスの意図なのでしょう。
戦場での悲惨な状況と、
「子供」の無垢な感性が
対比される形となり、
歪な響きを生み出しています。
やがて「子供」は炎を見つけ、
それを面白がります(抜粋部)。
しかし「子供」はそれが
自分の住む家であることを発見し、
次には、おそらく数時間前まで
母親であっただろう「残骸」を
見つけていくことになるのです。
「幽霊」といえば、怖いものと
相場が決まっているように
感じられますが、
ビアスの「幽霊もの」には
ホラー的色彩の作品は
実は数少ないのです。
その分、「非幽霊もの」の
何という衝撃度の大きさか!
ビアスという作家の凄さを、
改めて感じてしまいます。
怖さのない「幽霊もの」の中に
こっそり忍ばせたような、
恐ろしいまでの「非幽霊もの」二篇。
ぜひご賞味ください。
(2024.8.26)
〔本書収録作品一覧〕
アウルクリーク橋の出来事
良心の物語
夏の一夜
死の診断
板張りの窓
豹の眼
シロップの壼
壁の向こう
ジョン・モートンソンの葬儀
幽霊なるもの
レサカにて戦死
チカモーガの戦い
幼い放浪者
月明かりの道
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