「チコのはなし」(子母沢寛)

チコから叱られ…、いや、心を温めてもらって…。

「チコのはなし」(子母沢寛)
(「愛猿記」)中公文庫
(「百年文庫053 街」)ポプラ社

おときさんは
びしょびしょにぬれた
死にかかったような
痩せた子イヌを一匹入れて
戻ってきた。
イヌは、その夜から
おときさんと一緒に
くらす事になった。
このイヌは
だんだん大きくなって、
おときさんはこれを
「チコちゃん」と呼ぶ…。

「チコちゃん」といっても、
大人を叱る
五歳児のことではありません。
おときさんが拾ってきた
子イヌなのです。
大げさな筋書きが
あるわけではありません。
どこででも営まれているような生活が
綴られているだけです。
それでいて、読み手の心が温まる、
素敵な作品となっているのです。

〔主要登場人物〕
「私」…語り手。
「家内」…「私」の妻。
おときさん
…「私」の家の女中。
 「私」の遠縁にあたる。
 一人息子・新太郎を戦争で亡くした。
チコ
…おときさんが拾ってきたイヌ。

本作品の味わいどころ①
慎ましやかなおときさんの物語

何よりも胸を打つのは
おときさんの姿です。
一人息子を戦争で失い、身寄りもなく、
「私」の家に身を寄せているのです。
だからこそ人の何倍も働き、
誠実に生きているのです。
そんなおときさんのただ一つの我が儘が
この瀕死の子イヌ「チコ」を
拾って育てることだったのです。
彼女は「チコ」に亡くなった息子・
新太郎を重ね合わせていたのでしょう。
そんなおときさんの小さな幸せは、
しかし長くは続かないのです。
ぜひ読んで確かめるとともに、
その感動に
胸を震わせていただきたいと思います。

本作品の味わいどころ②
おときさんに尽くすチコの物語

おときさんの愛情に応えるかのように、
チコは瀕死の状態を脱し、
健やかに育っていきます。
と同時に、おときさんの立場と、
彼女に飼われている自らの立場を
わきまえているかのように、
チコもまた「私」の家で、
「私」一家に迷惑をかけることなく、
慎ましやかに生きるのです。
かといって、おときさんや「私」に
甘えたりはしません。
特段の力を発揮して
主人の危機を救ったりもしません。
ただただ分をわきまえて
一緒に生活しているだけなのです。
そんなチコの平穏な生活もまた
長くは続かないのです。
ぜひ読んで確かめるとともに、
その感動に
涙していただきたいと思います。

本作品の味わいどころ③
優しく見守る語り手「私」の存在

忘れてならないのは、
おときさんとチコを
温かい眼で見つめる「私」の存在です。
物語の前面には出ません。
おときさんの主人として、
そして語り手として、
必要最小限の登場しか
していないにもかかわらず、
その目線の温かさに心を打たれます。
こちらについても
ぜひ読んで確かめるとともに、
その温かさをしっかりと
感じ取っていただきたいと思います。

今日のオススメ!

さて、本作品を収録した本として私は、
「百年文庫053 街」(ポプラ社刊)と
「愛猿記」(中公文庫刊)を
所有しています。

前者を読む限り、本作品には
私小説のような味わいが感じられます。
しかし後者「愛猿記」は、
動物にまつわる子母沢寛の随筆集
(メインは猿の飼育記)と
なっているのです。
本作品がエッセイだとすれば、
おときさんもチコも
実在した人(とイヌ)であり、
温かい目線の主人「私」は作者・子母沢寛
その人ということになります。

どちらにせよ、
素敵な作品であることに
違いはありません。
ぜひ読んで存分に味わっていただき、
チコから叱られ…、
いや、心を温めてもらってください。

(2024.8.27)

〔「百年文庫053 街」〕
感傷の靴 谷譲次
チコのはなし 子母澤寛
一夜の宿・恋の傍杖 富士正晴

〔子母沢寛の本はいかがですか〕

〔百年文庫はいかがですか〕

image

【今日のさらにお薦め3作品】

↑こちらもどうぞ

【こんな本はいかがですか】

created by Rinker
¥755 (2024/09/10 20:44:42時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA