「事件」は、やはり時代を映し出しています
「幽霊嬢」(横溝正史)
(「芙蓉屋敷の秘密」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション⑤」)柏書房
映画監督・山野のもとに
奇妙な手紙が届く。
彼の作品に出演した少年俳優が、
数ヶ月前に家出した
ある大家の令嬢ではないかという
問い合わせだった。
差出人はかつてその令嬢の
乳母だったという。
山野は主演男優・宇津木に
持ち掛ける…。
昭和4年(1929年)に発表された、
横溝正史初期の作品です。
オーディションで採用された少年俳優は
実は女性だったかもしれない。
そんな謎めいた「事件」が
持ち上がるのです。
舞台は映画界、蒲田の撮影所、
時代の花形であり、
そこに持ち上がった「事件」は、
やはり時代を映し出しています。
〔主要登場人物〕
山野茂
…蒲田の映画監督。
「空の勇士」を撮影した。
宇津木天馬
…人気映画俳優。
「空の勇士」の主演男優。
板村尾松
…脚本作家。「空の勇士」の脚本を書く。
鈴木とし
…山野への手紙の差出人。
「空の勇士」の少年俳優が
女性ではないかと問い合わせる。
白木静夫
…「空の勇士」に出演した少年俳優。
正体不明。
根岸鈴子
…山野が見つけた新人女優。
本作品の味わいどころ①
謎めいた手紙と不思議な少年
自分の撮った映画の少年俳優は、
どこぞの大家の令嬢かもしれない。
そんな手紙を受け取ったのですから、
驚くのも当然です。
しかもその少年俳優・白木静夫は
正体不明、住所もデタラメ、
口をきいた人間もごく少数、
メイク落としを兼ねた入浴も拒んで
撮影所からすぐ帰宅する、とくれば、
その正体が女性である可能性は
高いと考えられるのです。
ユニセックス化や
ジェンダーレスが進んだ現代であれば、
男装する女性など珍しくもなく、
話題になどならないでしょう。
しかし本作品の舞台は昭和初期。
「男らしさ」「女らしさ」が求められるのが
当然の世の中、
男装して「男」として周囲を欺いた
女性がいたとしたら、
かなりエポックメイキングな
出来事として捉えられたでしょう。
その時代の空気の中で、
本作品の「謎めいた手紙」と
「不思議な少年」を味わいたいものです。
本作品の味わいどころ②
伯爵の令嬢か、バーの女給か
その白木静夫なる「少年俳優」の
正体を探るべく、山野・宇津木・板村の
三人が調査を開始します。
宇津木はロケ地の温泉宿で、
「伯爵令嬢」としての白木静夫を目撃し、
板村はバーで女給をしている
白木静夫に出くわすのです。
白木静夫の正体は
果たして令嬢なのか女給なのか?
これも現代なら
それほど大きな違いとして
捉えられることはないのですが、
爵位制度の残っている昭和初期では
天と地ほど、
シンデレラと貧困少女くらいの
違いがあるのです。
この点についてもやはり
昭和初期の空気の中で、
「令嬢」か「女給」か、
謎の少年俳優の正体の真偽を
味わいたいものです。
本作品の味わいどころ③
急転直下の幕切れと種明かし
で、「令嬢」か「女給」かという
謎が提示され、
物語が本格的に進行すると思いきや、
種明かしが始まり、
あっという間の幕切れを迎えます。
どのようにして謎解きが行われるのか、
それについては
ぜひ読んで確かめてください。
冒頭の映画界特有の華やかな雰囲気、
そして謎の手紙がもたらした緊張感から
一転して、ユーモア溢れる世界へと
場面は急転換するのです。
明かされた「種」からすると
本作品の構成は
「反則技」といえなくもないのですが、
それもミステリの一つの形と
考えるべきなのでしょう。
さて、本作品は当時、
鈴木傳明名義で発表された作品です。
鈴木傳明とは、
昭和初期の無声映画時代に活躍した
映画俳優であり、
日活を経て松竹蒲田撮影所に入社、
牛原虚彦監督とのコンビで
数々の青春映画に主演し、
スポーツマンタイプの二枚目俳優として
人気を得た人物です。
同じく人気男優・岡田時彦とともに、
探偵小説を雑誌発表したという
体裁を取ったのです。
鈴木傳明の代表作の一つが
「陸の王者」であり、
それを擬えて本作品中では
「空の勇士」という作品が
登場するのです。
横溝正史はいわば「覆面作家」として
本作品を執筆したというわけです。
これについても当時は
「著作権」だの「名義」だのが
明確に意識されていない時代であり、
覆面執筆や名義の貸し借りが
多々ありました。
映画スターになった気分で
書き上げたであろう横溝の傑作短篇、
ぜひご賞味ください。
(2024.8.30)
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