「オスカー・ブロズキー事件」(フリーマン)

倒叙形式、科学捜査、そしてソーンダイク博士

「オスカー・ブロズキー事件」
(フリーマン/大久保康雄訳)
(「世界推理短編傑作集2」)
 創元推理文庫

サイラスは
ブロスキー殺害を決行する。
彼のポケットにはやはり
大粒のダイヤモンドが
隠されてあった。
サイラスは犯行現場の証拠となる
あらゆるものを
巧妙に処分すると、
死体を背負い、線路まで運ぶ。
あとは列車が始末するはず…。

「世界推理短編傑作集」の収録作品は、
すべて読み応えのあるものばかりです。
第2巻の収録第五作、
「オスカー・ブロズキー事件」も同様に、
他の作品とは異なる魅力に
溢れています。
やや変わった構成であり、
全体が2つの部分に分かれています。
その構成自体と、
やはり探偵・ソーンダイク博士
そのものが
味わいどころとなっています。

〔主要登場人物〕
サイラス・ヒックラー

…夜盗を専門とする手堅い犯罪者。
 自宅近くを通りかかった宝石商を
 殺害し、宝石を奪う。
オスカー・ブロズキー
…宝石ブローカー。
 ヒックラーに殺害される。
ジョン・イヴリン・ソーンダイク
…法医学者兼素人探偵。
 通りがかった殺人事件の捜査を行う。
クリストファ・ジャーヴィス
…第2章の語り手。医師。
 ソーンダイク博士の親友にして
 助手的存在。
ボスコヴィッチ
…ソーンダイクおよび
 ブロズキーの知人。殺害された
 ブロズキーの事件捜査を依頼する。
「警部」
…事件の捜査を担当する。
 名前は登場しない。

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今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
倒叙形式~犯人の心理を描写する第1部

第1部は三人称形式で、
犯人が犯行を犯し、
それを隠蔽するまでが描かれます。
つまり、犯人は誰で、何のために、
そしてどのように殺人を犯したのか、
読み手ははじめから
わかっていることになるのです。
犯人捜しや
トリックの見破りなどの要素は、
最初から存在しません。
これは「倒叙形式」と呼ばれる手法で、
それを確立させたのが
この作者・フリーマンなのです。

これがなかなかの味わいです。
克明に描かれる犯罪者
サイラス・ヒックラーの心理は、
息詰まるサスペンス感を
生み出しています。
作者は犯人の性格の述懐から始まり、
殺人に至るまでの逡巡、
高いリスクを冒してまで
殺人に至った経緯、
殺人を隠蔽しようとする試み等、
すべてを詳らかにしているのです。
まるで読み手自身が
その現場に居合わせたかのような
緊張感を味わうことができるのです。
かなり以前にTVで流行った
「古畑任三郎」、
古くは「刑事コロンボ」に
見られる手法です。

実は犯人・ヒックラーは
第2部では登場しません。
逮捕された事実だけが
記されているのです。
探偵ソーンダイク博士との
直接対決もありません。
それでいて、これだけ息詰まる
緊迫感を醸し出しているのです。
まずはこの第1部の犯罪者心理と、
倒叙形式のもたらす緊張感を、
たっぷりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
科学捜査~科学的手法で捜査する第2部

犯人サイラス・ヒックラーの手際は
完全犯罪かと思われたのですが、
第2部で描かれる
探偵ソーンダイク博士の
科学的捜査によって、
それがことごとく暴かれていきます。
ここには、現代にも通じるきわめて
科学的な捜査が描かれているのです。
ソーンダイク博士が愛用の
「緑色トランク」に詰められたアイテムを
駆使して行った科学的捜査は
以下の通りです。
①被害者の死体(生首!)から
 歯の間に挟まった食物の残骸を
 採取し、顕微鏡観察
②被害者の靴底の付着物を顕微鏡観察
③現場に落ちていたガラス片を
 すべて回収し、再現
④現場近くに堕ちていた棍棒の
 付着物を顕微鏡観察。
⑤犯行現場らしき家屋周辺で
 たばこの吸い殻とマッチの燃えさしを
 採取、顕微鏡観察。
⑥疑わしい家屋のゴミためから
 ガラス片採取、現場のものと照合
⑦疑わしい家屋の施錠を自力で解除
 (これは科学的捜査ではなく
  ただの違法行為!)
⑧暖炉の燃えかすから
 石炭以外のものを採取、
 薬品処理の上、顕微鏡観察
⑨家屋内のテーブルクロスの繊維を
 被害者の歯の付着物と照合
⑩家屋内のひもと
 現場付近に落ちていたひもを照合
これに比べると
(比べてはいけないのですが)、
ホームズの推理など単なる
「当てずっぽう」に思えてくるほどです。
この第2部における、
ソーンダイク博士の科学的捜査を、
次にじっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
個性確立~ホームズのライヴァルの個性

「隅の老人」「思考機械」
「ウジェーヌ・ヴァルモン」
「ブラウン神父」など、
ホームズのライヴァルたちは
みな一癖二癖ある曲者ぞろいです。
もっとも、そうでなければ
ホームズのライヴァルたり得ない
(圧倒的知名度と
先駆者としての実績を考えると、
同タイプの探偵では単なる二番煎じに
なってしまう)のも事実です。
バーのヴァルモンのように、
完全に逆張りしたようなキャラクターも
あるのですが、
本作品のソーンダイク博士は
きわめて正統的頭脳的探偵、
しかも科学捜査という
特異な能力を持つまっとうな探偵です。
しかも性格はホームズのように
悪くはありません。
このソーンダイク博士の
キャラクターこそ
本作品の最大の味わいどころであり、
十分に堪能しましょう。

さて、このように
魅力的な作品なのですが、
その「ソーンダイク博士シリーズ」は、
文庫本では創元推理文庫から
2冊が編まれていたのですが、
現在は絶版中です。
単行本としては国書刊行会から
「ソーンダイク博士短篇全集」が
全3巻で刊行され、
現在も流通しています
(一冊4000円前後で、なかなか
手を出しにくいのが難点です)。
何とかして他の作品も
味わっていきたいと思います。
まずは「世界推理短編傑作集2」に
収められている
本作品をご賞味ください。

(2024.9.6)

〔「世界推理短編傑作集2」〕
放心家組合 バー
奇妙な跡 グロラー
奇妙な足音 チェスタトン
赤い絹の肩かけ ルブラン
オスカー・ブロズキー事件 フリーマン
ギルバート・マレル卿の絵
 ホワイトチャーチ
ブルックベンド荘の悲劇 ブラマ
ズームドルフ事件 ポースト
急行列車内の謎 クロフツ

〔ソーンダイク博士シリーズ〕
全集が2020年、全3冊で渕上痩平訳
(国書刊行会)が出版されました。
現在流通しているのは
その全集のみです。

創元推理文庫から、本作品と同じ
大久保康雄訳が2冊出版されています。
全集ではありません。
そしてなぜか本作品は
その2冊には収録されていません。
なお、現在流通していません。
「ソーンダイク博士の事件簿⑴」
「ソーンダイク博士の事件簿⑵」

〔「世界推理短編傑作集」はいかが〕

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