「仕事が人をつくる」(小関智弘)

他人の真似できないことで勝負する

「仕事が人をつくる」(小関智弘)
 岩波新書

仕事が人をつくり、人を育てる。
人は働きながら、
その人となってゆく。
人格を形成するといっては
大袈裟だけれど、
その人がどんな仕事をして
働いてきたかと、
その人がどんな人であるのかを、
切り離して
考えることはできない。…。

「仕事とは何か」
「人が働くとはどのようなことか」、
中学校でキャリア学習を
手がけている関係上、
いつも考えてしまいます。
いろいろな分野で労働環境が改善され、
定時でしっかり退勤できる職場も
多くなっているのでしょう。
それは大切なことですが、
同時に「働きがい」もまた大切です。
本書には、仕事が人間を育て上げた
十の事例が紹介されています。
どれも「定時に帰ることができる」ような
ものではありませんが、ここには
「働くこと」の本質が描かれています。

〔本書の構成〕
研磨仕上げがライフワーク
 児玉繁光さん
真似のできない深絞り
 岡野雅行さん
望遠鏡から宇宙へ
 中村義一さん
瓦工場の上仕
 小久江豊さん
染色のデジタル化に挑む
 久保下信夫さん
義歯に銘は打てないものか
 石井三男さん
棟梁は故郷の山を見る
 佐藤操さん
寝心地のよい蒲団をつくる
 松尾浩光さん
デパートのオーダー椅子を作り続けて
 長谷川清一さん
東京の空師三代
 飯田清隆さん
聞き書きのあとがき

本書の味わいどころはずばり、
私たちが忘れかけている
「働くことの本質」の再確認です。
ここには著者が取材した
十人の職人の仕事のようすが
記録されているのですが、どれも
働く上での示唆に富む話ばかりです。

本書の味わいどころ①
本当の楽しさは苦労の上に存在する

職人さん、しかも本書刊行当時
(2001年)でベテランですから、
働き始めたのは終戦直後から
昭和四十年代くらいまでの方々です。
当然、徒弟制度(無給での見習い)を
経験した方が多く、
若い時代は相当な苦労があったことが
記されています。
しかしどの方も、
そのことを前向きに捉え、
その苦労があったからこそ
今の自分があると考えているのです。
本当の楽しさは苦労の上に存在する、
そんな当たり前のことを、
再確認させてくれます。

最近の新入社員は、
自分のやりたい仕事に配属されないと、
入社直後にすぐ止めてしまうのだとか。
ちょっと考えればわかることです。
新人にいきなり大切な仕事を
任せてくれるような職場など
あろうはずがないことを。
やりたくないことも
やらなければならないし、
辛いことも苦しいことも
当然あるのです。
その先にこそ、やりたいことを
思い切りやることのできる環境が
待ち構えているし、
そこにこそ本当の楽しさがあるのです。

本書の味わいどころ②
時代の変化に適応する柔軟さを持つ

染色を、勘と経験に頼るのではなく、
データをもとに効率よく求める色に
たどり着こうと試みる染色職人。
職人組合をつくって公共事業の請負の
道を模索する大工の棟梁。
質の良い既製品を手がけながらも
極上のオーダーメイドの蒲団を
つくり続ける蒲団職人。
宇宙開発や医療機器で
世界最先端の技術を生み出し続ける
町工場の親方など、
「同じことをそのまま続けて」は
いない方々ばかりです。
時代の変化に適応する
柔軟さを持つことの大切さを、
思い知らされます。

職人さんというと、
頑固で自分のやり方を変えないような
イメージがあるのですが、
決してそうではないことがわかります。
これまでの方法の本質的な良さを
しっかりと残しつつ、
かつ時代に即した新しいやり方を
積極的に模索していることが
成功に結びついているのです。

本書の味わいどころ③
他人の真似できないことで勝負する

どの職人さんたちも、腕がすべてです。
中でも「従業員六人の町工場で、
年間六億の売り上げ」を果たした
岡野工業の逸話が特に目を引きます。
「電池メーカーに納める
 ケースの値段は一個約八百円だった。
 材料費は約三十円だから、
 加工賃としてはべらぼうに高い。
 それでも、
 真似のできる工場は現れなかった」

どこでもつくれるものを
つくっているだけでは、
買いたたかれてしまうだけです。
誰にも真似できない製品、
あるいは誰にも真似できない
レベルの高さがあれば、
それで勝負できるのです。
職人や町工場の世界だけではなく、
働く者一人一人にいえることです。
「代わりはいくらでもいる」ではなく
「君しかいない」存在を
目指すべきなのでしょう。

さて、本書刊行からすでに
20年以上が経過しています。
ここに書かれてある方々は
すでに引退されている方も
多いかと思いますが、
その技術はしっかりと
継承されているのかどうか
気になるところです。
今現在、職人として
頑張っているみなさんの、
一層の健闘をお祈りいたします。

(2024.9.9)

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