ヴァルモン、いったい腕が立つのか無能なのか…
「手掛かりは銀の匙」(バー/田中鼎訳)
(「ヴァルモンの功績」)創元推理文庫
ギブス氏から受けた依頼は、
晩餐会の席上で盗まれた紙入れを
取り戻すことだった。
会の参加者は氏の他に六名、
その中で金を必要としていたのは
ダクレだけだった。
調査を進めたヴァルモンに、
そのダクレから
面会の申し入れが…。
ホームズのライヴァルたちの中でも
最も異色な探偵ヴァルモン。
「放心家組合」では
犯人に違法捜査を指摘されて
大失敗したヴァルモン。
「ダイヤの頸飾り事件」では
超有名「イギリス人探偵」を誤認逮捕して
笑いものとなったヴァルモン。
「爆弾の運命」では
会心の一撃を放ち
事件を未然に防いだヴァルモン。
いったい腕が立つのか無能なのか、
判断の難しい探偵です。
今回は成功するのか失敗するのか、
事件の行方より、
そちらの方にワクワクしてしまいます。
〔主要登場人物〕
「吾輩」(ウジューヌ・ヴァルモン)
…語り手。
元フランス国家警察刑事局長。
フランス警察を免職され、
英国に渡り私立探偵となる。
アルマンド
…ヴァルモンの使用人。
ベンサム・ギブス
…自宅で催した晩餐会席上で
紙入れを盗まれた件について
ヴァルモンに捜査依頼する。
ライオネル・ダグレ
…晩餐会出席者の一人。
ギブスから相談を受け、
ヴァルモンを推挙する。
スターン子爵
テンプルメア卿
サー・ジョン・サンクレア
アンガス・マッケラー
ビンセント・イニス
…以上、晩餐会出席者。
ジョンソン…ギブスの使用人。
本作品の味わいどころ①
いつもながら自信過剰のヴァルモン
ここまでの作品同様、
「吾輩」ウジューヌ・ヴァルモンの
自信過剰な言動がなんともいえない
味わいを醸し出しています。
自信家の言動は得てして周囲の共感を
得るのが困難なものですが、
ヴァルモンは
読み手を引きつけて止みません。
ホームズであれば、
どのように事件を解決するかに
期待が集まるのですが、
ヴァルモンの場合は、
解決できるのかどうかの段階から
楽しませてくれるのですから、
面白さの度合いが違います。
ヴァルモンの自信過剰さを
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
相手からおちょくられるヴァルモン
本事件の味わいどころの二つめは、
ギブスの札入れを
盗んだ容疑者(と考えられる)ダグレとの
対決(というほどではなく会談)です。
その流れは以下のように表せます。
①上等のワインをふるまい、
ヴァルモンを
懐柔する(ように見える)
②自らの出時を話し、
ヴァルモンの
同情を買う(ように見える)
③ヴァルモンの名声を紹介し、
持ち上げる(ように見える)
④ヴァルモンにかまをかけ、
捜査状況を聞き出す(ように見える)
⑤自らが犯人であることを示唆し、
ヴァルモンを試す(ように見える)
ここまでを読む限り、
ダグレはヴァルモンの
手玉にとられているようにしか
見えません。
その珍妙なやりとりを、
次にたっぷり味わいましょう。
ところが会談はそこで終わりません。
犯人にたどり着くための重要なヒント
「銀の匙」というキーワードを、
ダグレは最後に
ヴァルモンに与えるのです。
本作品の味わいどころ③
最後には依頼を全うするヴァルモン
その「銀の匙」の謎を、
ヴァルモンはしっかりと解き明かし、
真犯人にたどり着くとともに、
ダグレの思いを
十分にくみとるとともに、
真犯人の面子を保ち、
ギブスの依頼を全うするのです。
終わってみれば完璧に
仕事をやり遂げているのですから、
見事としかいいようがありません。
このヴァルモンの
プロジェクトの成功こそ、
本作品の最大の味わいどころであり、
十分に咀嚼すべき本作品の肝なのです。
これまでのバーの作品同様、
田中鼎の夏目漱石調訳文も
独特の味わいです。
けっしてスマートなものでは
ありませんが、
1904年に書き上げられた
当時の雰囲気を見事に再現しています。
ユーモア全開、
全篇にそこはかとなく漂う「明治感」。
上質のジョークにも似た遊び心。
とくとご賞味ください。
(2024.9.13)
〔「ヴァルモンの功績」ロバート・バー〕
〈ダイヤの頸飾り〉事件
爆弾の運命
手掛かりは銀の匙
チゼルリッグ卿の遺産
放心家組合
内反足の幽霊
ワイオミング・エドの釈放
レディ・アリシアのエメラルド
シャーロー・コームズの冒険
第二の分け前
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