「あの夏を泳ぐ 天国の本屋」(松久淳+田中渉)

交錯する三つの世界、二人の人間、一つの想い

「あの夏を泳ぐ 天国の本屋」
(松久淳+田中渉)新潮文庫

ライバルでありながら、
ともに水泳をやめた麻子と朝子。
見知らぬアロハの老人に導かれ、
「天国の本屋」で
働くことになった麻子。
同じくアロハの老人から
高校時代の宝物を渡され、
戸惑う朝子。
天国と現世で、
二人は再び泳ぎ始め…。

松久淳+田中渉による
「天国の本屋」シリーズ、
第4作にして最終作です。
こちらもやはり、
終末は涙を抑えることのできない、
爽やかな感動が広がる作品です。

〔主要登場人物〕
島田麻子

…高校水泳部のOB会に向かう途中、
 「天国の本屋」へと導かれる。
 高校時代、水泳の有望選手だった。
 クールで冷静。
里山朝子
…高校水泳部のOB会の終了後、
 謎の老人から
 「かつての宝物」を受け取る。
 中断していた水泳を、再び再開する。
三沢達彦
…二人の高校時代の水泳部コーチ。
 当時大学二年生。
 大学四年時、飛行機事故で死去。
野見山啓
…達彦の祖母。かつて水泳部が
 野見山宅に宿泊し、合宿を行った。
早河凜子
…麻子・朝子の一年上の先輩。
鮎川
…高校時代、朝子が交際していた
 男子生徒。
ヤマキ
…天国の本屋
 「ヘブンズ・ブック・サービス」店長。
ミツコ
…天国の本屋店員。
アヅマナカタ
…天国の本屋店員。二人で
 漫才のような会話を繰り広げる。

本作品の味わいどころ①
天国・現世・過去、交錯する三つの世界

前作「天国の本屋 恋火」は、
天国と現世で、二つの筋書きが
互いにからみあいながら進行する、
素敵な物語でした。
本作品はさらに「過去」が加わり、
天国での麻子、現世での朝子、
そして過去における麻子と朝子、
この三つがそれぞれに関連し合いながら
同時進行するのです。

「過去」が次第に明らかになるにつれ、
天国での麻子、現世での朝子、
それぞれが何に苦しみ、
何を大切にしているかが
わかってくるのです。
読み進めるにしたがって、
読み手は麻子と朝子への
感情移入が深まっていくのです。
この作者の巧妙な仕掛けによる、
交錯する三つの世界を、
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
アサコとアサコ、交錯する二人の人間

なぜ二人の主人公の名前の
「読み」を同一にしたのか?
朝子と夕子でも何ら問題ないのでは?
と思いつつ読み進めると、
その謎も次第に明らかになります。
水泳について天才肌の、
トップ・アスリートであった麻子。
スポーツ全般が
得意であったにもかかわらず、
水泳は努力で力を伸ばした朝子。
性格的には水と油のような二人です。
名前の発音が同一であることから、
「この夏」の二人の運命は
交錯してしまうのです。
この作者の素敵な仕掛けによる、
交錯する二人の人間、
アサコとアサコを、
次にしっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
麻子・朝子・三沢、紡がれる一つの想い

その麻子・朝子の物語に
絡んでくるのが、かつての
水泳部コーチ・三沢の存在です。
過去の筋書きの部分にしか
登場しない水沢。
彼が二人にとって
どのような存在であり、
天国の麻子、現世の朝子にどのような
影響を及ぼし続けているのか、
それも次第に明確になってきます。
終末には、ついに麻子・朝子・水沢の
想いが一つに重なります。
たとえ二人に会えなくても、
想いは伝わる。
涙腺が刺激されまくりの、
素敵な結末となるのです。
麻子・朝子・三沢の、
紡がれる一つの想いを、
最後にたっぷりと味わいましょう。

文庫本が刊行されてすぐ購入し、
初読したのですが、以来、
暑い時期に何度か再読しています。
九月も半ばとなり、「この夏」は
もう終わってしまいましたが、
「あの夏」を、ぜひご賞味ください。

(2024.9.16)

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