これだけ悪人然とした犯人も珍しい
「まだらの紐」(ドイル/日暮雅通訳)
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
光文社文庫
恐怖に怯えた依頼者・ヘレンは、
自らの身の上に起きた
怪しい一件をホームズに語る。
二年前に急死した姉は、
「真夜中に聞こえる口笛」と
「まだらの紐」を
口にしていたという。
今また彼女自身が、
亡くなった姉の部屋で
口笛を聞いたと…。
ドイルの
シャーロック・ホームズ・シリーズの
56短篇のうちの第8作、
あまりにも有名な作品
「まだらの紐」です。
結末はわかっているのに、
何度となく読み返してしまう、
ホームズの魅力溢れる作品です。
〔主要登場人物〕
シャーロック・ホームズ
…探偵コンサルタント。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。
彼の仕事に同行する。
ヘレン・ストーナー
…依頼人。自身の身の上の危険を感じ、
ホームズに相談する。
二年前に姉を亡くす。
ジュリア・ストーナー
…ヘレンの双子の姉。
二年前に謎の死を遂げる。
グリムズビー・ロイロット
…ヘレン、ジュリアの義父。
乱暴者の大男。医師。
本作品の味わいどころ①
犯人はどこから見ても悪人
ミステリの多くは、真犯人が
意外な人物であることが多いのですが、
本作品の犯人は
ロイロット博士であることが
バレバレです。
数少ない登場人物
(ホームズ、ワトソン、依頼人ヘレン、
故人ジュリア以外は
ロイロット博士しかいない)の中で、
彼だけがどこからどう見ても
悪人だからです。
これだけ悪人然とした犯人も
珍しいのではないでしょうか。
義娘ヘレンを尾行し、
ホームズの事務所に乱入、
暴言を吐き、ホームズを脅し、
暖炉の火搔き棒を折り曲げる等の
威嚇行動を示すのです。
義娘二人を亡き者にする理由も、
結婚して家を離れると、
亡妻の遺産が入らなくなるという
十分すぎる動機があるのです。
しかも周囲からは変人として恐れられ、
自宅周辺でチーターやヒヒを
放し飼いにしているという
恐ろしい狂人なのです
(猛獣の放置が当時のイギリスの
法律では裁けなかったのか、という
疑問はあるのですが)。
この、どこから見ても犯罪者であること
間違いなしのロイロット博士
(それでいて医者!)の
キャラクターこそ、本作品において
真っ先に味わうべきポイントです。
本作品の味わいどころ②
度肝を抜く奇抜な殺害方法
したがって、本作品は
犯人捜しが主ではないのです。
二年前のジュリア殺害の
からくりあばきと、
現在進行形のヘレン殺害阻止、
それが本作品の肝となるのです。
で、未読の方のためにネタバレを
避けなければならないのですが、
そうなると何も記すことができません。
ただただ
「度肝を抜く奇抜な殺害方法」としか
いいようがありません。
すでに十分に知れ渡った感のある
「まだらの紐」の謎を、
次にじっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
ホームズ、決死の潜入捜査
ヘレン殺害阻止のため、
ホームズとワトスンは、
チーターやヒヒが敷地を徘徊している
恐るべきロイロット邸へと
真夜中に潜入捜査するのです。
ヘレンと打ち合わせているとはいえ、
邸宅はロイロット博士の所有であり、
バレれば不法侵入罪が成立する、
ホームズ得意の違法捜査です。
無事、ヘレンの姉の部屋に侵入し、
迫り来る脅威に対抗する二人。
このホームズとワトスンの
決死の潜入捜査を、
最後にたっぷりと味わいましょう。
さて、その「驚異」は、
実際には存在しない
未知のものであることは明らかです。
ややSFがかっているとも感じられる
本作品ですが、
古典的ミステリの名作として
揺るぎない位置づけを獲得しています。
何度読んでもやはり面白い、
ドイルの傑作短篇です。
ぜひご賞味ください。
(2024.9.20)
〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」小林章夫
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〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
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いろいろな出版社から
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私はこの光文社文庫版が一番好きです。
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