「宵山万華鏡」(森見登美彦)

神霊たちが行き交う妖しげな時空間

「宵山万華鏡」(森見登美彦)集英社文庫

女の子は勇気を振り絞って
歩き始めた。
姉に連れられて訪れた宵山で、
繋いでいた手を離してしまい、
一人になってしまったのだった。
怖い思いに耐えて
歩き続ける彼女の前に、
真赤な浴衣を着た
五人の女の子が現れ、
彼女を導く…。

以前とりあげた森山登美彦
「宵山姉妹」を収録した連作短編集
「宵山万華鏡」を読みました。
「宵山姉妹」は主人公も読み手も、
気づくと不思議な世界に
迷い込んでいる作品でしたが、
それから始まる作品集自体も、
現実と非現実をさ迷っているかのような
感覚に陥ります。

〔主要登場人物〕
「彼女」「妹」

…小学校三年生。バレエ教室の帰り、
 姉に誘われて宵山に寄り道し、
 不思議な体験をする。
「姉」「彼女」
…「彼女」「妹」の姉。小学校四年生。
 好奇心旺盛。
 嫌がる妹を宵山に連れ出す。
洲崎
…姉妹の通っているバレエ教室の
 経営者兼指導者。厳しさゆえに
 生徒から恐れられている。

…洲崎の助手。バレエの指導員。
 「祇園祭司令部」に参加する。
「赤い浴衣の女の子たち」
…不思議な少女たち。
杵塚…杵塚商会経営者。
乙川
…杵塚商会社員。
 「祇園祭司令部」設立者。
 「超金魚」を育て上げる。
「俺」(藤田)
…家電メーカー社員。乙川に誘われ、
 宵山に出掛け、災難に遭う。
高薮(大坊主)
…「祇園祭司令部」出演者の一人。
小長井
…「祇園祭司令部」物品調達係。
丸尾
…「祇園祭司令部」総指揮。
山田川敦子
…「祇園祭司令部」美術監督。
河野啓一
…画家。
 十五年前、宵山で行方不明となった
 一人娘・京子を探している。
千鶴
…河野の姪。

…画廊の二代目店主。
 河野の絵を扱っている。
 一年前、父を亡くす。

〔本作品の構成〕
第一話 宵山姉妹
第二話 宵山金魚
第三話 宵山劇場
第四話 宵山回廊
第五話 宵山迷宮
第六話 宵山万華鏡

本作品の味わいどころ①
現実と非現実が織りなす作品世界

「宵山姉妹」から開始され、
いつの間にか誘われた非現実世界は
そのまま「宵山金魚」へと
引き継がれます。
「宵山法度違反」を犯し、
異形の者たちに拉致され、
異世界の入り口へと迷い込んだ
「俺」ですが、その最終場面では
一気に現実世界へと引き戻され、
「宵山劇場」はまったく幻想的要素は
皆無になります。
ところが「宵山回廊」で
再び異世界の扉が開き、
そのまま「宵山迷宮」「宵山万華鏡」まで
異世界は続くのです。
この現実と非現実の変転こそ、
本作品の第一の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ②
緩く確実に交錯していく登場人物

作品構成は第一話と第六話、
第二話と第三話、第四話と第五話が
対になっているような構成です。
第一話では「妹」目線から描かれている
不思議な体験が、
第六話では「姉」の側からの体験によって
綴られていきます。
同様に、第二話で
「俺」の体験した異体験は、
第三話で、巧妙に仕掛けられた
悪戯であることが明かされます。
第四話で千鶴の見た叔父の失踪は、
第五話で柳の父親の死とも
関わってきます。二話ごとに
表裏一体の関係にあるとともに、
それぞれの登場人物が
他のエピソードでもわずかに登場し、
お互いに交錯していきます。
それが作品世界に奥行きを与え、
深い森に迷い込んだような感覚を
読み手に与えることに
成功しているのです。
この緩やかに、かつ確実にからみあう
登場人物たちこそ、本作品の
第二の味わいどころといえるのです。

本作品の味わいどころ③
「宵山」という不思議な世界の本質

その結果、「宵山」という現実の祭が、
あたかもその裏側に
異世界を隣り合わせて存在し、
そこから魑魅魍魎たちが
音も立てずに這い出てきているような
錯覚に陥るのです。
「宵山」を知らない人間にとっては、
神霊たちが行き交う
妖しげな時空間として
認識されていくのです。
これはまさに作者・森見登美彦が
創り上げた、異世界としての
「宵山」に違いありません。
この現実との境目の希薄となった
不思議な世界「宵山」そのものこそ、
本作品の最大の
味わいどころと捉えるべきです。

つまりは、作者の誘いに身を任せ、
そのまま作品世界に
意識をなだれ込ませることこそ、
本作品の正しい味わい方となるのです。
作品中の何人かのように、「宵山」から
抜け出せなくなる可能性もありますが、
ぜひこの「宵山」危険区域に
侵入していただきたいと思います。

(2024.9.23)

〔関連記事:「宵山姉妹」〕

「宵山姉妹」

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