「ユダヤの太守」(フランス)

その「難解さ」こそが本作品の味わいどころ

「ユダヤの太守」(フランス/内藤濯訳)
(「百年文庫057 城」)ポプラ社

…どんな罪を
犯したか知らないが、
十字架に掛けられた男だった。
ポンティウス、
あの男を覚えているかね」
ポンティウスは眉を顰めた。
そして記憶をたどる人のように
手を額にやった。
しばらく黙っていたあと、
つぶやくように…。

世界史の知識の乏しい私は、
最後の一頁を読むまで、
何が描かれているのか
さっぱりわかりませんでした。
アナトール・フランス
「ユダヤの太守」です。
筋書きがあってないような作品であり、
知らずに読むと退屈に感じるはずです。
なかなかに難解な作品でした。
その「難解さ」こそが本作品の
味わいどころと考えられます。

〔主要登場人物〕
エル・エリウス・ラミア

…イタリアの名門に生まれる。
 若い頃、間違いを犯し、
 ローマを追われたが、
 赦免されて帰還した。
ポンティウス・ピラトゥス
…ラミアの友人。
 かつてユダヤの太守を務めていた。
 再会したラミアを夕食に招く。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
ラミアの人生は描かれず…
では、主人公は誰?

作品中に人名は数名現れるのですが、
筋書きに動きのある人物として
現れるのはこの二人だけです。
というよりも、この二人の会話から
本作品は成り立っているのです。
冒頭はラミアが追放されてから
ピラトゥスに再会するまでが
描かれているため、まるで
ラミアのローマ帰還後の生き方が
描かれるのかと思って
読み進めたのですが、
まったく違いました。

その後、ラミアとピラトゥスの会話
(それも愚痴と慰め)が
延々と続くのですが、
少しずつ見えてきます。
本作品は、二人の会話の中にこそ
読み取るべき主題があるのです。

本作品の味わいどころ②
聞いたことがあるような…
ピラトゥスとは誰?

舞台は
古代ローマであることは確かです。
でも、よくわかりませんでした。
しかし、「ポンティウス・ピラトゥス」を
検索してみると…、
「ポンテオ・ピラト」
(この人物については
史実としては残っていない、
聖書にその名が記されている)と
同一であることがわかりました。
本作品に書かれてあることを
一つ一つ確かめてみると、
聖書に書かれてある内容が忠実に
記されていることに気づかされます。

一つは統治しているサマリア人から
訴えられた顛末について。
サマリア人の評議会が
ピラトゥスの上司に当たる
シリア総督ウィテリウスに使者を出し、
ピラトゥスを訴えたこと、
ウィテリウスはユダヤの国事を
友人・マルケルスに託したこと、
ローマに帰り、サマリア人から
告発されていることを皇帝に
釈明するよう命じたこと、それらが
ピラトゥスの口から語られます。

ラミアとの晩餐の席でも、
ピラトゥスの嘆きは
次々と語られますが、それらもまた
聖書に記されていることを
一つ一つ紐解いているのです。
皇帝の姿が描かれていた軍旗を
掲げたところ、僧侶たちの嘆願で
撤去せざるを得なかったこと、
エルサレムに水を引くための
水道工事を行ったが、
ユダヤ人が工事中止を訴えたため、
人々を強制排除したこと、などが
語られます。

この記述は聖書のこの部分か、と
確かめながら読み解くと
見えてくるものがあるのです。
それはおそらく統治者と被治者の
すれ違い、そしてそれ故の
統治者の孤独、なのかもしれません。

本作品の味わいどころ③
歴史上の大事件も当時は…
ナザレの人とは誰?

で、最後の一文がやってきます。
ナザレの人とはもちろん「あの人」です。
ピラトゥスは自身が処刑を命じた
「ナザレの人」のことを
まったく覚えていなかったのです。
衝撃度の大きい一言です。
ここから見えてくるのは、
後世に残る歴史上の大事件であっても、
現在進行形の当事者からすれば、
小さな出来事であることが多い、
ということなのでしょうか。

味わい尽くすには、
何度も読み込まなければならない
作品のようです。
スルメを囓るように、粘り強く気長に、
味がしみ出してくるのを
待つべき作品です。
ぜひご賞味あれ。

(2024.9.24)

〔アナトール・フランスの本について〕
アナトール・フランス
ノーベル賞作家であるにもかかわらず、
わが国ではあまり評価は芳しくなく、
現在その著書は
流通していないようです。
かつて岩波文庫から
いくつか出ていましたが、
現在絶版中です。
古書をあたれば次のものが
入手できそうです。
「少年少女」
「昔がたり ピエル・ノジェール」
「神々は渇く」
「シルヴェストル・ボナールの罪」
「聖母と軽業師 他4篇」
「エピクロスの園」
「赤い百合 上」
「赤い百合 下」

〔「百年文庫057 城」〕
ポルトガルの女 ムシル
ユダヤの太守 A.フランス
ノヴェレ ゲーテ

〔百年文庫はいかが〕

Leonhard NiederwimmerによるPixabayからの画像

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