さすが横溝、時代エンターテインメントでも魅せてくれる
「矢柄頓兵衛戦場噺」(横溝正史)
春陽文庫
ちかごろつらつら
世の中を見渡すに、
慨嘆に耐えぬことばかりじゃ。
わが矢柄一族にさような
不心得者があろうとは思わぬ。
思わぬがこれが年寄りの
取り越し苦労じゃ。
老人が昔話、
戦場談を語って聞かせる故、
一同さよう心得ろ…。
というわけで、太平の世に
頽廃しつつある武士の有様に
業を煮やした矢柄頓兵衛老人が、
一族郎党八十余名を前に毎月一度、
語って聞かせる「戦場噺」全十二話、
抜群の面白さです。
さすが横溝正史、ミステリだけでなく、
時代エンターテインメントでも
魅せてくれます。
〔主要登場人物〕
矢柄頓兵衛
…旗本。七十七歳の老人。幼名・勝丸。
八十余名の子孫を月に一度集め、
戦場噺を聞かせる。
お多衣
…頓兵衛の妻。
若かりし頃、頓兵衛の窮地を救った。
徳川家康
…頓兵衛の主君。
本多平八郎忠勝
…徳川家随一の猛将。
頓兵衛より十歳年長。
頓兵衛が主君の次に恐れている。
名和修理之助
…家康の蟄居中の家臣。
お多衣の伯父。
熊田左仲
…徳川家家臣の一人。
頓兵衛と仲が悪かったが、和解する。
鳥居強右衛門勝商
…長篠城から家康へと遣わされた密使。
奥平左近将監
…頓兵衛が初陣で討ち取った敵将。
猪子傳兵衞
…武田家の遺臣。逆臣・穴山梅雪を
討つため、伊賀越えの先兵を務める
頓兵衛に接近する。
塙四郎太夫兼安
…高名な刀鍛冶。
塙兼四郎
…四郎太夫の息子。鉄砲鍛冶となる。
彌七
…四郎太夫の弟子。
澤悦
…善修寺和尚。
花見鳳庵
…武田家のお側医師。秘薬といわれる
「籠城丸」の製法を知る男。
おぎん
…小田原城の局。
小萩
…小田原城の局。
おぎんの弟・犬塚三之助と許嫁。
幹
…小田原城の局。
素性がはっきりしない。
その正体は…。
豊臣秀吉
…太閤関白。
家康の江戸城修築に難問を付ける。
石田三成
…秀吉の側近。関ヶ原の合戦で討死。
柚木大之助
…頓兵衛の家臣となる。
五月早苗之助
…徳川に対して一騎打ちを仕掛けた
真田方の武士。
柚木大之助と何らかの関わりを持つ。
山縣八郎太夫
…大之助の父・権三郎の敵。三成家臣。
野添源八…徳川家家臣。
真壁三十郎…徳川家家臣。
〔本作品の章立て〕
第一話 はだか武士道
第二話 阿呆武士道
第三話 縮尻武士道
第四話 めおと武士道
第五話 カチカチ武士道
第六話 捕物武士道
第七話 秘薬武士道
第八話 籠城武士道
第九話 使者武士道
第十話 相撲武士道
第十一話 仲人武士道
第十二話 落城秘話
本作品の味わいどころ①
素敵な戦国サイドストーリー
すでに取り上げている
「菊水兵談」「菊水江戸日記」のような
幕末が舞台の筋書きと
思っていましたが、なんと時代は戦国。
登場人物は徳川家康や豊臣秀吉。
日本史の中で
最もスリリングな部分です。もちろん
矢柄頓兵衛は架空の人物なので、
歴史の表舞台には登場しません。
したがって「裏で実は
こんなことが…」という設定なのです。
これがまた面白いのなんの。
第二話「阿呆武士道」では、
描かれるのは長篠の戦い。
しかしその本戦ではなく、
長篠城から徳川方への密使の
バックアップ、という重要でありながら
相当に地味な役割を頓兵衛が担います。
第八話「籠城武士道」では、
小田原攻めの陰の立て役者としての
頓兵衛の活躍が描かれます。
第十一話「仲人武士道」、
第十二話「落城秘話」では、
大坂冬の陣、夏の陣での
こぼれ話的逸話が盛り込まれます。
ストーリーテラー・横溝の
スリリングな筋書きを、
まずはしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
時代物ならではの横溝人情話
「人形佐七捕物帳」では、
ほぼ全篇にわたって
人情話が盛り込まれています。
もちろんこの矢柄頓兵衛も
人情に厚い男であり、いたるところに
人情話が盛り込まれているのです。
第一話「はだか武士道」から
人情話全開です。
初陣で敵の武将の首級を
あえてその妻に持たせた頓兵衛、
第十一話「仲人武士道」で、
合戦で相まみえた、
柚木大之助とその妻に、
戦場でそのまま祝言を挙げさせる
粋な計らいをみせる頓兵衛。
時代物ならではの横溝得意の人情話を、
次にじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
やはり随所にミステリ仕立て
それでいて、やはり
ミステリ風味に仕上がっています。
第四話「めおと武士道」では、
頓兵衛の妻・お多衣の仕掛けた「策」が、
ミステリの味わいを醸し出しています。
第六話「捕物武士道」は、
筋書きそのものが
ミステリとして成立しています。
第七話「秘薬武士道」では、
探索を命じられた「秘薬」を
敵方に奪われたように見せかけ、
実は頓兵衛が巧妙に
隠し持っていたという
(隠し場所の)ミステリとなっています。
それ以外のエピソードも、
随所にミステリが仕込まれていて、
横溝らしさを感じさせます。
やはり横溝作品は
とことんミステリなのです。
ミステリとしての「矢柄頓兵衛戦場噺」を
十分に味わいましょう。
本作品は時局の厳しくなった昭和18年、
毎月一話完結の形で
雑誌連載されたものです。
犯罪を取り扱った探偵ものが禁止され、
捕物帳にすら当局の厳しい目が
向けられた時代です。
戦国武将の活躍を描いたような
体裁をとりながら、
可能な範囲で最大限のミステリを
書き上げようとした結果なのでしょう。
横溝が執念で書いたような
戦時下の「ミステリ」作品、
ぜひご賞味ください。
(2024.9.27)
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(2024.10.2)
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