「日本語ウォッチング」(井上史雄)

バード・ウォッチングならぬワード・ウォッチング

「日本語ウォッチング」(井上史雄)
 岩波新書

この本では、
現代日本語の変わりゆくさまを、
さまざまな資料を使って、
映し出してみる。
これまでに集めた日本語の
老若のことばについての
資料を活用して、
ことばが変わるプロセスを、
手に取るような形でとらえたい。
具体的に…。

「新しい言葉」や「言葉の変化や乱れ」は、
東京が震源地で、
そこから地方へと流れ出てくるものだと
ばかり思っていました。
もちろんそれが多いのは確かでしょう。
ところが本書では、
地方で発生した言葉や言葉の変化が、
東京へと「逆流」している現象も
多々見られることが明かされます。
1998年刊行と、
やや時間が経っているのですが、
それでも楽しく読める一冊です。

〔本書の構成〕
はじめに
Ⅰ ラ抜きことばの背景
Ⅱ 「じゃん」の来た道
Ⅲ 簡略化の動き
Ⅳ 東京ことばの底流
Ⅴ 新しい方言の広がり
Ⅵ 敬語の最前線
Ⅶ 気になる?口調
Ⅷ ことばの変化のとらえ方
引用文献
おわりに

表題の「日本語ウォッチング」が
示すとおり、日本語の変化を
文字どおり「ウォッチング」した結果が、
実に分かりやすく示されています。
バード・ウォッチングならぬ
ワード・ウォッチングの成果なのです。
どのようなウォッチングなのか?
それこそが本書の味わいどころです。

本書の味わいどころ①
多彩な切り口でウォッチング

「言葉の変化」「言葉の乱れ」というと、
すぐに思い浮かぶのは「ラ抜きことば」。
しかし本書ではそこから始まり、
「~じゃん」「~ちった」
「~みたく」「うざったい」
「~じゃないですか」などへと広がり、
敬語の変化やアクセントの平板化まで、
多様な観点から調査・研究しています。
あまり意識していませんでしたが、
日本語とはこれほどまでに
変化しているのかと
驚かされるばかりです。
この、多彩な切り口での
ワード・ウォッチングの成果こそ、
本書の第一の
味わいどころといえるでしょう。

本書の味わいどころ②
データを示してウォッチング

ともすれば自然科学以外の分野では、
執筆者の主観や推測が
前面に押し出され、
客観的データに乏しいものが
散見されます。
本書は違います。
全国規模で行った調査結果を、
視覚的に捉えやすく示した上で
解説しているのです。
「見れる」「起きれる」の
ラ抜きことばの使用率を
年代ごとに表したグラフ(P.5)や、
同じくラ抜きことば「着れる」の
使用率分布(P.7)など、
一目でわかる
ビジュアルな資料が提示され、
論理的に説明がなされているのです。
この、視覚的データを示しての
ワード・ウォッチングの提示こそ、
本書の第二の
味わいどころとなっているのです。

本書の味わいどころ③
言語の構造からウォッチング

それらを、単なる「変化」「乱れ」として
見なすだけではなく、
文法的な側面から、
なぜそのような「変化」が起こったのかを
詳解しているのです。
例えば「ラ抜きことば」であれば、
それが起こった理由を、
「受け身・尊敬と可能との
区別がつきやすいという明晰化」、
「五段動詞・一段動詞の可能の言い方が
そろうという単純化」という
構造的な側面から分析し、
さらには歴史的背景を踏まえた上で、
「千年に及ぶ日本語動詞の簡略化」と
結論づけているのです。
この、日本語という言語の特性と
その構造から迫った
ワード・ウォッチングこそ、
本書の最大の味わいどころとみて
間違いありません。

先に記したとおり、
本書刊行は1998年。
すでに四半世紀が過ぎています。
この時間の経過中も
日本語は変化し続けているはずです。
日本語は今どう変化しているのか?
そしてこれからどう変化していくのか?
追調査の結果が気になるところですが、
まずは本書を
じっくりと味わいましょう。
日本語の理解が一層深まります。

(2024.9.30)

〔関連記事:日本語に関わる本〕

〔井上史雄の本はいかがですか〕

〔岩波新書はいかがですか〕

Armin ForsterによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「燈台守」
「海坊主」
「牡蠣」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA