「百年文庫054 巡」

何を「巡」るのか?日常とは異なる、幻想的な世界

「百年文庫054 巡」ポプラ社

「アトランティス物語
        ノヴァーリス」

年老いた国王によって
大切に育てられた美しい姫は、
そのあまりの高貴さゆえ、
婿になるべき王子が
見つからぬまま
妙齢を迎えていた。
ある日、森に出掛けた姫は、
自然の学問の探究に打ち込む
知性溢れる若者と出会う。
二人は互いに…。

「アトランティス物語」

百年文庫第54巻を読了しました。
テーマは「巡」。
何を「巡」るのか?
日常とは異なる、幻想的な世界です。
三作品ともメルヘンチックな世界が
舞台となっています。

〔「百年文庫054 巡」〕
アトランティス物語 ノヴァーリス
枯葉 ベッケル
ポンペイ夜話 ゴーチェ

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ポプラ社
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今日のオススメ!

一作目、ノヴァーリス
「アトランティス物語」は、
まるでワーグナーのオペラの中の
世界のようです。
名前を与えられた人物はいません。
それどころか、地域や国にも
特定の名称は付されていないのです。
本作品は「ある国のある王女と
若者の物語」であり、限りなく
抽象的な世界として描かれています。
幼い頃に聞かされた
お伽話のような肌合いなのです。
そしてそこには、
煌びやかな王宮、
謹厳実直な国王、
理想的な美しさの王女、
伝説の騎士の末裔という家系、
深く広がる森、
隠者として生活する父子、
詩歌で伝える風習、
そこにはえも言われぬ
中世ヨーロッパの幻想的な世界が
広がっているのです。
その幻想的な世界で広がる
王女と若者の恋愛物語。
味わいどころは盛り沢山です。

「枯葉 ベッケル」
「あの女のひとも、
人の世から離れていったのね。
あの新しいお墓のなかで
眠っているのよ。」
「あの少女も眠っているのね。
とうとう永遠の憩いに
はいったのね。
でも、あたしたち、
いつになったら、この
長い旅が終わるのかしら?…。

「枯葉」

第二作、ベッケルの「枯葉」は、
人間が登場しません。
二枚の枯葉が主人公であり、
その「会話」から成り立つ作品なのです。
「枯葉」の会話はそれまでの自分たちの
一生の回顧のようなものです。
「太陽のあたたかい口づけで、
のびのびと体を広げた」(誕生)、
「青く深々とした二つの世界の中間に、
浮かんで生きている」(少年期)、
「滴るばかりに緑色」(青年期)、
「黄金色の夢のように
過ぎていった」(壮年期)、
「色も艶も
なくなってしまった」(老年期)、と、
その一生が美しい言葉で
綴られていくのです。

活字や行間、余白の大きな
百年文庫にしてわずか10頁の本作品、
さながら小宇宙のような
深奥を有していることを感じさせます。

「ポンペイ夜話 ゴーチェ」
青年・オクタヴィヤンは、
ポンペイの博物館の遺跡に
心を奪われる。二千年前の
火山噴火によってできた
女性の胸の、押し型の
美しさに魅せられたのだ。
その夜、廃墟に彷徨い出た
オクタヴィアンは、街が
修復されていることに気づく…。

「ポンペイ夜話」

最後の作品、
ゴーチェの「ポンペイ夜話」は、
平たくいえば
「SFタイムスリップ・ロマン」と
なるのでしょうが、
その文学性に裏打ちされた本作品は、
そのような俗な表現に
収まりきれない魅力を湛えています。

ポンペイの溶岩に
型押しされた女性の胸。
その造形美に、
主人公・オクタヴィヤンは
引き寄せられ、
その鋳型をつくった二千年前の女性に
恋い焦がれるのです。
夜の廃墟を散歩していた彼は、
いつの間にか二千年前、
火山噴火で埋没する以前の
ポンペイの街へとタイムスリップ、
そこで鋳型の女性・アッリアと
巡り会うのです。
まさに幻想的ラブ・ロマンスです。
もちろん甘い結末ではありませんが。

ノヴァーリスベッケルゴーチェと、
日本ではあまり聞くことのない名前の
作家たちですが、
それぞれドイツ、スペイン、フランスを
代表する名手たちです。
百年文庫全100巻の中でも
屈指の傑作ぞろいの本巻を読んで、
読書上の欧州旅行、そして
異世界体験を愉しんでください。

(2024.10.1)

〔ノヴァーリスの本について〕
「アトランティス物語」の
作者・ノヴァーリスは、
婚約者ゾフィー(何とノヴァーリスは
12歳のゾフィーに一目惚れし、
翌年婚約までこぎ着けた)の
死(しかも彼女は15歳で病没)に際し、
「ゾフィー体験」と呼ばれる
神秘的な幻視を体験
(数世紀を経巡るような
幻視体験といわれている)し、
それが作品に色濃く現れていると
されています。
「アトランティス物語」は、
代表作であるとともに
未完の大作「青い花」に挿入された
作中作であり、
きわめてロマンチックな
味わいとなっています。
「青い花」は
岩波文庫から刊行されています。

このような作品も流通しています。

〔ベッケルの本について〕
現在流通しているものは
ほとんどありません。
岩波文庫も絶版中です。
古書であれば
以下のものを入手できそうです。
「緑の瞳・月影 他十二篇」
(↑こちらに「枯葉」が収録されています)
「スペイン伝説集」
「ベッケル詩集」
「赤い手の王」

〔ゴーチェの本について〕
「ゴーティエ」と
表記されているものもあり、
検索に注意が必要です。
現在流通しているのは、
岩波文庫以外では、
光文社古典新訳文庫からの
一冊のみのようです。

古書としては以下のようなものが
見当たります。
「変化:フランス幻想小説」
 (現代教養文庫)
「吸血女の恋:フランス幻想小説」
 (文元社)

〔百年文庫はいかがですか〕

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