
あっと驚く結末、ルパンの正体は?
「アルセーヌ・ルパンの逮捕」
(ルブラン/堀口大學訳)
(「強盗紳士」)新潮文庫
「僕」の乗った船に、
アルセーヌ・ルパンが
乗船しているという。
そしてそれは
一等船室の単独乗客で、
頭文字がR、金髪、
右腕に傷を持つという。
該当しそうなのは
ロゼーヌ青年一人だが、
彼の腕には傷がなかった。
はたしてルパンは…。
堀口大學訳のルブランによる
ルパン・シリーズの、
これが第一作です。
何とルパンは第一作で
いきなり逮捕されていた!
逮捕されないから「怪盗」だと
思っていましたが、
逮捕されてもまったく動じないから
「怪盗」なのだということがわかる、
興味深い一作です。
〔主要登場人物〕
「僕」(ベルナール・ダンドレジー)
…語り手。社交的な青年。
汽船プロバンス号の乗客の一人。
ネリー・アンダーダウン
…乗客の一人。
「僕」が好意を持った女性。
ジェランド
…ネリーと同伴している女性。
宝石をルパンに盗まれる。
ルイ・ロゼーヌ
…正体がルパンではないかと
思われている乗客の青年。
ド・ラベルダン侯爵、ローソン中佐、
リボルタ
…頭文字Rの一等船室の乗客。
ガニマール
…警部。
船の到着地でルパンを逮捕する。
アルセーヌ・ルパン
…怪盗紳士。
本作品の味わいどころ①
密室である汽船内でのルパンの犯罪
舞台は大西洋横断の汽船
(おそらく豪華客船というべきものと
思われる)の中。
逃げ場がない、いわゆる密室です。
船長には犯罪者を逮捕できる
権限があり、正体が暴かれれば
逃走は不可能、拘束されるのです。
そして到着地には
ルパン逮捕に燃えるガニマール警部が。
逃げるためには
大海原に飛び込むしかない状況で、
身を潜めて大人しくしている
ルパンではありません。
鮮やかな手口で「盗み」を犯します。
密室である汽船内で、
小気味よいまでの
盗みのテクニックを見せる
ルパンの手際の良さを、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
見えない痕跡、ルパンはどこにいる
ジェランド夫人の宝石類、
プロバンス号船長の腕時計、そして
ロゼーヌの財布と、
ルパンは盗み出します。
しかしその痕跡はまったくありません。
その種明かしもされません。
初めて読む方には、
多少の違和感が残るかと思われます。
「小説だからとはいえ、
あまりにも神出鬼没過ぎないか?」と。
しかし最後まで読み通せば
その理由もわかります。
あくまでもこれは語り手「私」、つまり
ベルナール・ダンドレジーの視点から
描かれ、綴られたものだからです。
読み手は終盤で
その理由がわかるまでは、
「見えない怪盗」を
十分に愉しめばいいのです。
さらに、船内は疑心暗鬼が渦巻きます。
プロバンス号への電信の内容に
一番合致するロゼーヌが
財布を盗まれるにいたって、
もはやルパンは誰でもあり得る
状態となったからです。
この心理的パニックの描写も
スリリングです。
ルブランの作家としての
力量がうかがえます。
ルパンはどこにいるのか?
まったく痕跡を残さずに盗みまくる
ルパンの「すご腕怪盗」術を、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
あっと驚く結末、ルパンの正体は?
で、ルパンはいったいどこにいるのか?
というよりも、ルパンは
いったい誰に化けているのか?
衝撃の展開が最後に待ち構えています。
いきなり「逮捕」から始まるのも
わかります。
ルブランはルパンのシリーズ化を
考えてはいなかったのかもしれません。
この一作の衝撃の大きさを
売りにしたものと考えられます。
あっと驚く結末、
そしてあっと驚くルパンの正体こそ、
本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
十分に味わい尽くしましょう。
ドイルのホームズが大ヒットした後、
他の探偵作家たちが「すご腕探偵」を
生み出すのに躍起になっていたとき、
ルブランは逆転の発想で
「すご腕怪盗」を創造したのです
(ただし最初ではない、
ホーナングによる
「泥棒紳士ラッフルズ」が
すでに存在していた)。
ルパン誕生の本作品を、
ぜひご賞味ください。
(2024.10.4)
〔作家ルブランについて〕
ルブランは四十代まで
純文学を書いていたのですが、
あまり売れているとは
いえない状態でした。
娯楽ものとして依頼された
本作品についても、
ルブラン自身はあまり乗り気でなく、
「趣向を凝らした珍しい一品」の
つもりで書き上げたようです。
もちろん続編など
意識していないからこその
最後の「逮捕」に繋がるわけです。
しかし本作品中にわずかに記されている
「どこにでも現れる神出鬼没」
「どんな人間にも化けられる変装術」
「収益としてではなく
芸術としての窃盗」という
巧みなキャラクターづくりが幸いし、
シリーズ化が可能となりました。
〔「強盗紳士」〕
アルセーヌ・ルパンの逮捕
ルパン獄中の余技
アルセーヌ・ルパンの脱獄
不思議な旅行者
女王の首飾り
ハートの七
マダム・アンベールの金庫
黒真珠
遅かったりシャーロック・ホームズ
〔新潮文庫のルパンシリーズ〕
堀口大學訳はいささか古びたものと
なってしまいましたが、
新潮文庫は貴重です。
「ルパン傑作集」と題された全10巻、
いかがでしょうか。
「ルパン傑作集Ⅰ 813」
「ルパン傑作集Ⅱ 続813」
「ルパン傑作集Ⅲ 奇岩城」
「ルパン傑作集Ⅳ 強盗紳士」
「ルパン傑作集Ⅴ ルパン対ホームズ」
「ルパン傑作集Ⅵ 水晶栓」
「ルパン傑作集Ⅶ バーネット探偵社」
「ルパン傑作集Ⅷ 八点鐘」
「ルパン傑作集Ⅸ ルパンの告白」
「ルパン傑作集Ⅹ 棺桶島」
ルパンの事件の時系列に
なっていないところが残念です。
〔関連記事:ルブランの「ルパン」〕



〔ポプラ社のルパンシリーズ〕
懐かしいシリーズが、
ポプラ社の南洋一郎訳です。
こちらは正確な翻訳ではなく、
翻案と呼ぶべきものです。

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