
時代を先取りした肉食系大型女子と草食系小型男子
「一夜の宿・恋の傍杖」(富士正晴)
(「ちくま日本文学全集56 富士正晴」)
筑摩書房
(「百年文庫053 街」)ポプラ社
大柄な女性作家・ハアちゃんに
一夜の番を頼まれた
小柄な男性編集者「わたし」は、
強引に家に連れていかれる。
身体のサイズも合わなければ
性格も合わない彼は、
どうやって一晩を乗り越えるか
苦悩する。
しかし彼女の家にはなんと…。
富士正晴の作品を初めて読みました。
富士といえば
久坂葉子を世に出した人物であり、
久坂のようなどろどろした作品を書く
作家だとばかり思っていました。
まったくの勘違いでした。
〔主要登場人物〕
「わたし」(木ノ花)
…語り手。編集者。小柄な男性。
お人好し。恋人がいる。
ハアちゃん
…女性作家。執筆中の織田作之助の
伝記の編集を木ノ花が担当している。
大柄な女性。
瀬多巳之介(ミイちゃん)
…ハアちゃんの従兄。
ハアちゃんと同居していたが、
痴話喧嘩の末、家出中。
本作品の味わいどころ①
肉食系大型女子ハアちゃんの魅力
筋書きをかいつまんでいうと、
三人で同居していたのが、
巳之介とその母が家出し、
一人になったハアちゃんが不安を覚え、
「わたし」に一晩泊まることを
求めるというものです。
もちろん「寝ずの番」を頼む形で、
「わたし」を誘い込んでいるのは
明白です。
編集者を色仕掛けで
抱き込まねばならない状態の
作家だったのか、
もともと「わたし」に気があったのか、
あるいは体が寂しくて
誰でも良かったのか、そのへんの
細かな事情はわかりませんが、
1950年代当時、
早くも現れた肉食系女子であることに
間違いありません。
しかも体格は大柄、
身の丈「五尺六寸」といえば、
およそ身長170cm。
当時でいえばかなりの長身女性です。
しかも肉食、
めっぽう気が強い女性です。
でもその割に弱気を装う、その
ちぐはぐさがなんともいえず素敵です。
しかも「わたし」に気を遣っているようで
ずけずけとものを言っています。
「木ノ花さん、女って駄目ね」といった
その直後に
「こんなちいさいのでも、男は男だわ」。
この正直さも好感が持てます。
まずはこの時代を先取りした
肉食系大型女子ハアちゃんの魅力を
たっぷりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
草食系小型男子「わたし」の好人物
ところが「わたし」はそのハアちゃんの
魅力をたっぷりと味わえないのです。
「据え膳食わぬは男の恥」という
言葉がありますが、
「据え膳」されても男が食わぬような
「女」といえば、
極度の不器量しか考えられませんが、
ハアちゃんはそこそこ
器量よしなのです。
相手が自宅に誘っているのです。
色恋話が展開しそうな
雰囲気がありそうで…、
まったくないのです。
恋人がいるということも
あるのでしょうが、「わたし」は何とか
自制しようと努力しているのです。
ハアちゃんの誘いはいかにも
迷惑千万のように書いてあるのですが、
そこは語り手の語るところ、
割り引いて考えるべきでしょう。
時代を先駆けた草食系小型男子
「わたし」の人の良さを
続いてじっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
三つ巴、どこまでも続く痴話喧嘩
で、甘い話にもつれ込むかといえば、
まったくそうなりません。
家にいたのは
何と家出したはずの巳之介。
そこからハアちゃんvs巳之介の
痴話喧嘩続編が続くのです。
間にはさまれた「わたし」は、
良かったと安心しているのか、
それとも残念に思っているのか、
その心情は明かされていませんが、
それを想像するのが
本作品の味わい方です。
十分に味わいましょう。
もっとも、色恋沙汰の進展もなく
痴話喧嘩で終わる話は、
読み手によっては
飽きがくる可能性もあります。
ハアちゃんと「わたし」の魅力を
理解できなければ
本作品を味わうことができないのです。
筋書き自体は
馬鹿馬鹿しい騒動に過ぎませんが、
二人の魅力ある人間を、
しっかりと味わおうではありませんか。
ぜひご一読を。
(2024.10.8)
〔「ちくま日本文学全集56 富士正晴」〕
詩
一夜の宿・恋の傍杖
あなたはわたし
帝国軍隊に於ける学習・序
童貞
蟠竜山新春
「花ざかりの森」のころ
わたしの戦後
同人雑誌四十年
久坂葉子のこと
軽みの死者
ジジババ合戦、最後の逆転
坐っている
〔「ちくま日本文学全集」はいかが〕
〔「百年文庫053 街」〕
感傷の靴 谷譲次
チコのはなし 子母澤寛
一夜の宿・恋の傍杖 富士正晴
〔「百年文庫」はいかが〕
〔富士正晴の本はいかが〕
著書の多くが絶版中ですが、
2023年に中公文庫から再刊行された
「新編 不参加ぐらし」が現在流通中です。
そのほかに、電子書籍で
以下のようなものが出版されています。

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