晩年の安部公房との疑似対話を愉しむ
「死に急ぐ鯨たち・もぐら日記」
(安部公房)新潮文庫
希望にあふれた時代が
あったことは否定できない。
だが積載過剰のトラックのような
時代をくぐりぬけて、
作者は失望し、
かつ謙虚になった。
死の舞踏でも、
上手に踊ったほうが
せめてもの慰めである。
夢の中で
幻の越境者が夢を見る…。
「死に急ぐ鯨たち」
安部公房の評論集です。
1986年に単行本として出版され、
1991年には文庫化されていたのですが、
長い間絶版状態が続いていました。
安部公房生誕100年の今年、
めでたく復刊
(「もぐら日記」が追加された)しました。
〔本書の構成〕
「死に急ぐ鯨たち」
なぜ書くか…
Ⅰ
シャーマンは祖国を歌う
Ⅱ
死に急ぐ鯨たち
右脳閉塞症候群
そっくり人形
サクラは異端審問官の紋章
タバコをやめる方法
テヘランのドストイエフスキー
Ⅲ
錨なき方舟の時代
子午線上の綱渡り
破滅と再生1
破滅と再生2
Ⅳ
地球儀に住むガルシア・マルケス
「明日の新聞」を読む
核シェルターの中の展覧会
「もぐら日記」
もぐら日記Ⅰ
もぐら日記Ⅱ
もぐら日記Ⅲ
本作品の味わいどころ①
安部の創作の舞台裏を見る
本作品の執筆時期が
「方舟さくら丸」の出版後、
そして最終作「飛ぶ男」の
創作開始前であり、
それらの創作過程に関わる内容が
本作品には幾度も現れてきます。
「方舟さくら丸」については、
核シェルターという密室の中での
多様な登場人物たちによる
異様な体験が描かれているのですが、
それがどのような意味を持つのか、
その手掛かりがつかめます。
また「飛ぶ男」については、
その構想がまとまる以前であり、
安部がどのように登場人物や筋書きを
練り上げているのかがわかるのです。
知られざる安部の創作の舞台裏を見る。
それが本作品の第一の味わいどころと
考えられます。
本作品の味わいどころ②
安部の独特の思考に触れる
本作品には、
自作品の解説的なものばかりでなく、
当時の時事問題に絡んでの
安部の見解も述べられているのです。
「集団化」する日本への危機感、
アジアにおける日本の立ち位置、
文明の破滅と再生、
平和論・平和観に関する考察、
音楽・小説と比較しての美術論、等々、
話題は縦横無尽に
広がっているのですが、そこからは
安部の独特の思考様式が読み取れます。
小説からだけではつかむのが難しかった
安部の独特の思想に触れる。
それが本作品の第二の
味わいどころといえるのです。
本作品の味わいどころ③
晩年の安部と疑似対話する
何よりも本作品を読むことは、
安部と疑似対話をすることに
他なりません。
もともと「本を読む」という行為
そのものが「作者との対話」なのですが、
このような論評作品の場合、
その傾向は一層強まります。
特に本作品の半分はインタビューを
そのまま収録したものであり、
読み手が自ら安部に取材を試みている
気分に浸ることができます。
没後すでに30年を
経過してしまいました。
晩年の安部との疑似対話を愉しむ、
それこそが本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
五月十二日
意識と意識下という区分は
今後次のように
書きあらためるべきだろう。
意識とは
後天的な学習領域であり、
意識下とは
先天的な遺伝子領域である。
五月十三日
「萬葉集とその世紀」によると、
「むかしを今に
なすよしもがな」の…。
「もぐら日記」
さて、今年(2024年)生誕100年となる
安部公房。
新潮文庫からは3月に「飛ぶ男」、
4月にこの「題未定」の2冊が刊行、
さらには9月に
本書「死に急ぐ鯨たち・もぐら日記」が
復刊しました。
昭和の時代に数多く文庫化されながら、
絶版となったきりのものが
以下のようにあります。
「カーブの向こう・ユープケッチャ」
「石の眼」
「夢の逃亡」
「終わりし道の標べに」
「緑色のストッキング・未必の故意」
「幽霊はここにいる・どれい狩り」
これらもぜひ復刊してほしいものです。
まずは本書からご賞味ください。
(2024.10.14)
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