
読み手に対して仕掛けた「罠」が潜んでいる
「スペードの女王」
(プーシキン/神西清訳)
(「スペードの女王・ベールキン物語」)
岩波文庫
純真な娘リザヴェータを利用し、
伯爵夫人の邸宅に
忍び込んだゲルマン。
彼は夫人を脅し、「三枚の札」の
秘伝を聞き出そうとするが、
夫人は何も語らないまま
絶命する。その三日後の深夜、
ゲルマンの枕元に現れた
伯爵夫人の亡霊は…。
チャイコフスキー作曲の
オペラの原作ともなっている
プーシキンの代表作
「スペードの女王」です。
自らの欲望に屈した青年ゲルマンは、
神の用意した「罠」に陥るのですが、
本作品自体のその幻想的な場面には、
作者プーシキンが読み手に対して
仕掛けた「罠」が潜んでいます。
それこそが本作品の
味わいどころとなっているのです。
〔主要登場人物〕
ゲルマン
…青年工兵。「三枚の札」の話を聞き、
欲望に取り憑かれる。
アンナ・フェドトヴナ
…伯爵夫人。
「三枚の札」の秘伝を知るという。
リザヴェータ・イヴァーノヴナ
…伯爵夫人の侍女。
ゲルマンに恋する純真な娘。
サン・ジェルマン
…破産した若き日の伯爵夫人に
「三枚の札」の秘伝を授けた男
トムスキイ
…伯爵夫人の孫。
ナルーモフ、スーリン
…トムスキイの友人。賭け事仲間。
チェカリンスキイ
…賭博クラブ経営者。
本作品の味わいどころ①
若き伯爵夫人の体験した不思議
若いころに賭け事で大もうけして
破産の危機から逃れたという伯爵夫人。
なぜそれ以降、
賭け事に手を出さないのか?
それにまつわる「三枚の札」の逸話を、
孫のトムスキイはゲルマンをふくむ
友人たちに語るのです。
その経緯そのものも
謎に満ちているのですが、
夫人はその秘伝を、
自分の息子にすら
打ち明けていないのです。
それもまた謎めいているのです。
いわゆる
ハイリスク・ハイリターンということは
想像がつくと思うのですが、
ではその「リスク」は
どれだけ「ハイ」なのか、
どのように「ハイ」なのか、
読み手は無意識のうちに
想像を膨らませてしまうのです。
若き伯爵夫人の体験した不思議こそ、
作者プーシキンの仕掛けた
一つめの「罠」であり、
本作品の一つめの
味わいどころとなっているのです。
本作品の味わいどころ②
ゲルマンの見た伯爵夫人の亡霊
意図せず伯爵夫人を
死に至らしめてしまったゲルマン。
強盗のように押し込んできた
見ず知らずの男に
秘伝を授ける理由もなければ、
そのような伯爵夫人でもないのです。
当然の結果です。
しかしなんとゲルマンの枕元に現れた
伯爵夫人の亡霊は、彼に
「三枚の札」の秘伝を伝授するのです。
しかし夫人の語り伝えた内容もまた
謎に満ちています。
場面の描写はわずかですが、
そこには筋書きに必然性を持たせる
いくつかの仕掛けと、
最終場面への伏線が
しっかりと張られています。
夫人の亡霊とその伝言こそ、
作者プーシキンの仕掛けた
二つめの「罠」であり、
本作品の二つめの
味わいどころとなっているのです。
本作品の味わいどころ③
ゲルマンが陥る神の仕掛けた罠
ゲルマンには天罰が下ります。
当然です。
彼は伯爵夫人の命を
(直接的ではないにせよ)
奪ったことだけではなくて、
純真なリザヴェータの心を
弄んだのですから。
夫人が高齢でいつ亡くなっても
おかしくなかった状況を
考え合わせると、
後者の方が罪が大きいはずです。
しかし、
天罰が下ることは予想通りですが、
その「下され方」は予想を上回ります。
「秘伝を使って賭けに大勝した
ゲルマンが、禁を破って
もう一度賭けに手を出し破滅する」と
思いきや、大勝直前に破滅します。
伯爵夫人の亡霊は
「今夜来たのは
私の本意ではありません。
お前の望みを叶えてやれとの
仰せです」と語っているのですが、
彼女の上位に存在して
ゲルマンの運命を差配しているのは
いったい神か悪魔か。
おそらく神に違いありません。
ゲルマンが陥る罠は
神の仕掛けたものであると同時に、
作者プーシキンの仕掛けた
三つめの「罠」であり、
さらには本作品の最後の
味わいどころとなっているのです。
プーシキンの代表作であるとともに、
ロシア幻想怪奇小説の逸品でもある
本作品、
秋の夜長にじっくりとご賞味ください。
(2024.10.17)
〔「スペードの女王・ベールキン物語」〕
スペードの女王
ベールキン物語
その一発
吹雪
葬儀屋
駅長
贋百姓娘
〔プーシキンの作品はいかがですか〕
新訳では、光文社古典新訳文庫から
2冊出版されています。
岩波文庫からも本書を含めて
数冊出ているのですが、
いくつかは絶版状態です。
「オネーギン」
「スペードの女王・ベールキン物語」
「ボリス・ゴドゥノフ」
「大尉の娘」
「ジプシー 青銅の騎手 他二篇」
「プーシキン詩集」
単行本としては以下の2冊が
現在流通しています。
「大尉の娘」
「青銅の騎士」

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