「四日間」(ガルシン)

「俺」ははたして生き延びることができるのか?

「四日間」(ガルシン/神西清訳)
(「紅い花 他四篇」)岩波文庫

俺は戦闘で負傷したんだな。
重傷か、それとも軽傷かなと、
脚の痛むところを触って見た。
右脚も左脚も、
ごわごわに乾いた血糊で
べっとりだ。
手を触れると、
痛みは一そうひどくなる。
齲歯が痛むみたいな工合で、
絶え間なしに…。

戦争の悲惨な実態を描いた作品は
数多くありますが、
本作品もそうしたものの一つです。
「俺」ははたして
生き延びることができるのか?
ロシアの作家ガルシンの「四日間」です。

〔主要登場人物〕
「俺」(イヴァーノフ)

…語り手。ロシア軍兵士。
 銃撃戦で重傷を負い、
 四日間、生死をさ迷う。
ヤーコヴレフ
…「俺」と同じ隊の兵士。
 負傷した「俺」を発見する。
ピョートル・イヴァーヌィチ
…軍医。「俺」を治療する。

本作品の味わいどころ①
ほぼ一人語りの「戦争の恐怖」

登場人物として挙げた
「俺」以外の二人は、
最終場面で登場するだけで、
筋書き自体にはまったく関わりません。
物語はほぼすべて瀕死状態の語り手
「俺」のつぶやきから成るのです。
呟くのは「死の恐怖」そして
「戦争の恐怖」なのです。

銃弾に倒れ失神し、
気がついてみれば両脚を負傷、
身体を動かすことも叶わず、
激しい痛みに苛まれます。
周囲にあるのは自らが狙撃した
(と思われる)敵兵の死体、
それもすでに
腐乱が始まっているのです。
人影はまったく見えません。
救出される可能性も
ないわけではないのですが、
敵兵に発見され、
なぶり殺される危険性もあるのです。
次々と襲って来るのは「死の恐怖」、
その根源にあるのは
「戦争の恐怖」なのです。
一人称「俺」で綴られるつぶやきは、
あたかも自らの心の中から
発したものであるかのように、
読み手には捉えられてくるのです。
そのほぼ一人語りの「戦争の恐怖」を、
まずはじっくり
疑似体験して味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
「俺」と問う「戦争の無意味さ」

幸か不幸か、「俺」のすぐそばには、
敵兵の腐乱死体。
幸いなことに、
敵兵が持っていた水筒の水が、
「俺」の命を長らえさせます。
そして不幸なことに、その
崩れ去っていく肉体の放つ腐乱臭が、
迫り来る自身の死を
「俺」に伝えているのです。

「俺」はその中で、
「戦争の無意味さ」に気づき、
自問自答していきます。
銃を持って戦うとは
どんなことかも考えずに兵役を志願した
己の愚かさに気づきます。
自らの死が残された者たちに与える
悲しみの大きさに気づきます。
戦争に参加して
自らが成し遂げたことが、
目の前の敵兵一人を
殺しただけであることに気づくのです。
水を得て長らえた命の四日間、
彼の精神は人間らしさを
取り戻していくのです。
その過程にある「自問自答」は、
まるで作中の「俺」と
問答しているかのように、
読み手には感じられてくるのです。
その「俺」と問う「戦争の無意味さ」を、
次にしっかり
疑似体験して味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
幻想とは異なる「戦争の記録」

ビアス作品を
読みすぎたせいでしょうか。
結末に衝撃の大どんでん返しが
待ち構えているような気がしましたが、
そうではありません。
本作品は戦争の悲惨さを
暗喩的に表現しようとした
幻想小説などではなく、
真っ正面から捉えた写実的な
「戦争の記録」なのです。
筋書きの意外さや面白さに
頼るのではなく、
その鬼気迫る描写によって
「戦争の愚かさ」を直接的に
表現しようとしたものなのです。
作品全体から放出される
エネルギーにも似た、
幻想とは異なる「戦争の記録」を、
最後にたっぷりと
疑似体験して味わいましょう。

それにしても、このような
反戦を訴える素晴らしい文学作品を
生み出していながら、
他国へ侵略戦争を仕掛ける
ロシアという国が
なおさらわからなくなります。
いや、おろかなのは指導者だけで、
ロシアの民は私たちと同じ、
戦争を憎む平和な人たちなのでしょう。
それを信じたいと思います。

さて、ロシアの作家といえば、
トゥルゲーネフドストエフスキー
トルストイチェーホフといった、
大家ばかり思い浮かべてしまいますが、
まだまだ魅力ある作家が
潜んでいるのです。
ロシア文学もまた、
味わい深い広大な読書の大地です。
このガルシンの渾身の一篇、
ぜひご賞味ください。

(2024.10.21)

〔「紅い花 他四篇」〕
紅い花
四日間
信号
夢がたり
アッタレーア・プリンケプス
 あとがき
 神西清さんの思い出
 神西清略年譜

〔ガルシンの本はいかがですか〕
残念なことに、
現在ガルシン作品は流通していません。
古書では以下のものが
見つかりそうです。
「赤い花・信号 他」(旺文社文庫)
「ガルシン短篇集」(福武文庫)
「ガルシン全集 全1巻」(青娥書房)

〔岩波文庫はいかがですか〕

Amber ClayによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「老村長の死」
「駅長」
「百年文庫043 家」

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