
その計算され尽くした、緻密な筋書きの妙
「ノヴェレ」(ゲーテ/小牧建夫訳)
(「百年文庫057 城」)ポプラ社
火の手の広がる市場へと向かう
公爵夫人と従者ホノーリオの前に
現れた猛獣・虎。
混乱する市場の見世物小屋から
逃げ出してきたらしい。
ホノーリオが
銃で虎を仕留めるが、
そこに駆けつけた飼い主は、
ライオンも逃げたのだという…。
火災に乗じて、
見世物小屋の猛獣が逃げ出す。
よくあるシチュエーションです。
しかし本作品は
パニックを描いた小説ではありません。
虎は殺害され、ライオンは
飼い主に捕獲・保護されます。
そこから読み取るべきものが多々ある、
ドイツの文豪・ゲーテの
知られざる短篇作品です。
〔主要登場人物〕
侯爵
…狩りに出掛けていたが、
脱走したライオンの対応にあたる。
侯爵夫人
…侯爵と結婚して間もない。遠乗りの
最中、市場の火災を目撃する。
老侯(フリードリヒ侯)
…侯爵の叔父。侯爵夫人を、
城を見下ろせる高台へと案内する。
火災を確認後、夫人とホノーリオを
残し、市場に急行する。
ホノーリオ
…従者の青年。
虎をピストルで仕留める。
「男(父親)」「女(母親)」
…見世物小屋の猛獣の飼い主。
「子供」
…飼い主夫婦の子ども。
笛と歌でライオンを静める。
本作品の味わいどころ①
「戯れ言」に見えて、実は「布石」
従者ホノーリオは、
侯爵夫人を守るため、
携帯していた銃で虎を射殺します。
当然の行為であり、
そうせざるを得ない状況なのです。
そこに駆けつけた飼い主一家の「女」が
ホノーリオたちを非難した言葉は、
まったく筋違いとしか
いいようがないように思われます。
「必要もないのに殺してしまった」
「(虎の)足の裏は痛んでいたし、
爪にだってもう力なんかなかった」
「弱ってしまっていた」
「(虎が)いてくれたことが、
わたしたちにとって
かけがえのないこと」。
漫画やドラマの安っぽい筋書きに
よく見られるのですが、
ここで物語が終わってしまえば、
それらは単なる戯れ言としか
読み手に受け止められないはずです。
しかしこれは、最終場面に向けての
布石に過ぎないのです。
「戯れ言」に見えて、実は「布石」、
その巧妙な筋書きを
しっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
「現実的対応」に見えて、これも「布石」
当然、もう一頭のライオンについては、
飼い主一家は侯爵に対し、
命乞いを申し出るのです。
侯爵の対応はどうか?
申し出を却下すれば
物語は成立しません。かといって、
簡単に受け入れてしまえばやはり
「安っぽい筋書き」に
堕してしまうのです。
ここでの侯爵は、きわめて冷静で
現実的な対応をするのです。
まず「猛獣闘争の原因」を問い、
やむを得ない事情であることを確認し、
その後、「捕獲する具体的方法」を尋ね、
その成否を吟味した上での
「捕獲許可」となるのです。
もちろん失敗した場合のバックアップを
十分に施した上でのことです。
この現侯爵の実的対応が、
筋書きにリアルさを、
登場人物の行動に必然性を、
それぞれ与えているのです。
やはりそれは最終場面への
布石となっています。
「現実的対応」に見えて、これも「布石」、
その精巧な筋書きを
じっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
そして深い感動を与える「子供」の奇跡
それがあっての最終場面です。
何が起こるのか?
これだけはしっかり読んで
確かめていただきたいと思います。
単なる「奇跡」の物語ではなく、
現実として起こりうる
「必然的事象」として、
読み手の心に伝わってくる
しくみとなっているのです。
その計算され尽くした、
緻密な筋書きの妙を、
たっぷりと堪能しましょう。
ゲーテといえば、
「若きウェルテルの悩み」しか
知りませんでしたが、さすが文豪です。
この素敵な作品世界を、
ぜひご賞味ください。
(2024.10.22)
〔「百年文庫057 城」〕
ポルトガルの女 ムシル
ユダヤの太守 A.フランス
ノヴェレ ゲーテ
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