
味わいどころはもちろん「ワクワク感」
「ファレサアの濱」
(スティーブンスン/中村徳三郎訳)
(「南海千一夜物語」)岩波文庫
初めてその島を見た時は
夜とも朝ともつかなかった。
月は西に沈もうとしていたが、
まだ煌々として光り耀いており、
東の方を見ると、
もうすっかり薔薇色になった
曉の空の眞中に明けの明星が
金剛石のように燦めいていた。
陸風が…。
粗筋をうまくまとめることができず、
冒頭の一節をそのまま抜き出しました。
貿易商である主人公が訪れた
島の情景です。
「宝島」で有名なスティーブンスンが、
南洋サモアで執筆した
「南海千一夜物語」(三話構成)の
第一話です。
貿易商としてヨーロッパの物品を売り、
そして現地のコプラを買い取り
輸出する。
そのために「島」にやってきた
ウィルトシヤですが、
先着のケイスから巧妙に罠にはめられ、
客は寄りつかず、
コプラは入手できないという
窮地に立たされます。
その原因は、
結婚相手の現地の娘ウマが、
島民から交際禁止となっていて、
その夫となった彼もまた交際禁止の
対象となってしまったからです。
ケイスは島民に
絶大な影響力を持っています。
はたしてウィルトシヤは
窮地を脱することができるのか?
スティーブンスンならではの
面白さが展開します。
味わいどころはもちろん、
「宝島」でも感じた「ワクワク感」です。
〔主要登場人物〕
ヂョン・ウィルトシヤ
…「島」にやってきた貿易商。
ウマ
…「島」の娘。島民から交際禁止の
対象となっている。
ウィルトシヤの妻となる。
ファアヴァオ
…ウマの母親。
ケイス
…ウィルトシヤの前に「島」に定着した
貿易商。島民から恐れられている。
ヂャック
…「島」に住むいかがわしい黒人牧師。
ウィリヤム・ティー・ランドル
…十数年前に「島」に居着いた船乗り
(船長)。七十を過ぎている。
タールトン
…宣教師。ウィルトシヤに協力する。
マエア
…「島」の勢力のある酋長の一人。
本作品の味わいどころ①
島娘ウマとの結婚はうまくいくのか?
数人の島娘の中からウマを
妻として選んだウィルトシヤですが、
ケイスにうまく乗せられた
(というべきか暗示をかけられたと
いうべきか)感があります。
あきらかかにウマが原因で、
店には誰も立ち寄らないのです。
別の女に乗り換えればすむ話ですが、
それでは物語の主人公たり得ません。
次第にウマを愛するようになる
ウィルトシヤ。
商売と愛する妻との生活、
その両方を成り立たせることは
できるのか?
そこから生じるワクワク感こそ、
本作品の第一の
味わいどころとなるのです。
本作品の味わいどころ②
ケイスの秘密は突き止められるのか?
しかし敵であるケイスはなぜか
島民たちの心を掌握しているのです。
しかもウィルトシヤの来島前にいた
貿易商のある者は島を追い出され、
ある者は秘密裏に殺害されたという
噂もあるほどなのです。
このまま静観していると、彼は
ケイスから命まで奪われるのは必定。
その前にケイスの秘密を暴き出し、
ケイスを粉砕することはできるのか?
そこから生じるワクワク感こそ、
本作品の第二の
味わいどころといえるのです。
本作品の味わいどころ③
ウィルトシヤは冒険で勝利するのか?
あのスティーブンスンが、
南洋の「島」を舞台に作品を書いた、
となると予想通り後半部分には、
「島」の密林地帯での
冒険場面が用意されているのです。
島民からは魔物が住んでいるとして
恐れられている密林の奥地。
そこに待ち受けているのは
猛獣などの自然の驚異か、
あるいは悪魔や精霊の類いか、
それともケイスの卑劣な罠か?
ウィルトシヤの冒険、
そこから生じるワクワク感こそ、
本作品の最後にして最大の
味わいどころとなっているのです。
その上で、ウィルトシヤは
「島」で貿易商として
成功を収めることができるのか?
スティーブンスンの知られざる逸品、
ぜひご賞味ください。
(2024.10.24)
〔本作品の訳文について〕
作品をお薦めしておいて
このようなことを書くのは
ある意味、間違っているのですが、
文章があまりにもわかりにくく、
「スティーブンスンの作品を読みたい」と
思う方でないと
楽しめないかもしれません。
一つは翻訳のスタイルが古いこと
(したがって誤訳もある可能性がある)、
一つは日本語の言い回しが古いこと、
一つは旧字体の漢字が
多数使用されていること、
などが原因です。
1950年出版ですから
しかたがないのですが。
日本語訳は本書以外には
存在しないようです。
光文社古典新訳文庫あたりから
新訳がでることを
期待したいと思います。
それにしても岩波書店は、
重版・復刊はときどきするのですが、
改版はほとんどありません。
本書にしても、
漢字仮名遣い版組を変更すれば、
現代でもある程度、
通用すると思うのですが…、
そうできない理由があるのでしょうね。
〔関連記事:スティーブンスン作品〕
〔スティーブンスンの作品はいかが〕
〔岩波文庫はいかが〕

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