「婆やの話」(ギャスケル)

聖なるクリスマスに幽霊話?

「婆やの話」(ギャスケル/松岡光治訳)
(「ギャスケル短篇集」)岩波文庫

「婆や」がロザモンド嬢を連れて
移り住んだファーニヴァル館は、
二人の老婦人と
わずかな使用人だけの住む
大きな屋敷だった。
冬のある日、
「婆や」は不思議なオルガンの音を
耳にする。
誰が弾いているのか、
使用人達は口をつぐむ…。

表題は「婆やの話」。
「婆や」はいったい何を話すのか?
若き日の自らの恐怖体験、
つまり幽霊の話なのです。
幽霊を扱った小説は
おおよそ二つに分けられます。
「出たのか出ないのか明確でないもの」と
「はっきり現れたもの」の二通りです。
一般的に文学作品として
通用しているのは前者でしょう。
H.ジェイムズ「ねじの回転」など、
その好例といえます。
後者はどちらかというとホラー作品、
エンターテインメントがほとんどと
いえます。
ギャスケルの本作品は後者であり、
幽霊がはっきり現れるのですが、
それでも純文学作家の書いた
文学作品として認知されている、
数少ない例といえるでしょう。

〔主要登場人物〕
「婆や」(ヘスター)

…語り手。若いころの不思議な体験を、
 自らが使えたロザモンド嬢の
 子ども達に話して聞かせる。
ロザモンド
…「婆や」が乳母として仕えた少女。
 幼い頃、両親を亡くし、
 ファーニヴァル館へと移り住む。
ミス・ファーニヴァル
…ファーニヴァル館の女主人。
 八十歳前後。
スターク夫人
…ミス・ファーニヴァルの使用人であり
 唯一の友人。
ジェームズドロシー
…ファーニヴァル館の使用人老夫妻。
アグネス
…ファーニヴァル館の使用人。少女。
ミス・グレイス
…ミス・ファーニヴァルの妹。故人。
「大旦那」(ファーニヴァル卿)
…ミス・ファーニヴァル姉妹の父親。
 オルガンを弾いていた。故人。
「女の子」
…屋敷の外からロザモンドを誘う少女。

本作品の味わいどころ①
屋敷の中の幽霊「オルガンを弾く誰か」

若き日の「婆や」がファーニヴァル館で
まず肝を冷やしたのが、
どこからか聞こえてくる
オルガンの音です。
誰が弾いているのか尋ねても、
みな「風の音」と答えるばかり。
しかしそれは次第に明らかになります。
屋敷の中にはオルガンがあり、
しかしそれは内部が崩壊し、
使い物にはならない代物。
亡くなった「大旦那」が
それを愛好していた。となれば、
「大旦那」の幽霊がつくり上げた
音であることは間違いないのです。
それに気づいたヘスター嬢(「婆や」)の
驚きと恐れこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
屋敷の外の幽霊「少女を死へ誘う少女」

「オルガン」は、音だけが聞こえ、それを
奏でる人物は見えなかったのです。
ところが「見える」幽霊が
続いて現れます。
窓を叩き、ロザモンド嬢を
屋敷の外に誘い出そうとする少女です。
外は厳冬、つまり
死へと誘い出すのですから大変です。
幽霊からロザモンド嬢を守り抜く
ヘスター嬢(「婆や」)の
勇気と行動力こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。

ところで、この少女はいったい
ファーニヴァル家と
どのような関係があるのか?
ファーニヴァル姉妹は
どちらも「ミス」(独身)。
近いところで娘はいないはずなのです。
そしてオルガンの幽霊と
どのような関係があるのか?
そうした「謎」もまた
味わいどころの一つとなります。

本作品の味わいどころ③
屋敷内外から集い、激突する幽霊たち

そして終盤、なんと
「オルガンを弾く幽霊」が
実体を表すとともに、
少女の霊も屋敷内に侵入、
さらには少女の母親の霊、
そして女性の亡霊まで現れるのです。
しかも生きている人間に危害を加えず、
「オルガン」&「女性」vs「少女」&「母親」の
両陣営の大バトルとなるのです。
関係者全員の目にしっかり見える
幽霊四体の激突こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

と、エンターテインメントの側面から
紹介してしまいましたが、
本作品の本当の味わいどころは、
幽霊ではないのです。
最後にミス・ファーニヴァルの
呟いた一言
「一度してしまったことは
 取り返しがつかないのだ!」

がすべてなのです。
幽霊は舞台装置の一部に過ぎません。
因果応報ともいえるその筋書きを、
じっくりと堪能しましょう。

本作品は1852年、
雑誌のクリスマス特集号に
掲載された作品です。
なぜ聖なるクリスマスに幽霊話?と
疑問に思うのですが、ディケンズ
「クリスマス・キャロル」発表後、
イギリスではクリスマスの夜、
家族の団らんの中で幽霊物語を話すのが
慣例となっているのだとか。
本作品も「婆や」が
ロザモンド嬢の子ども達に
話して聞かせる体裁です。
幽霊で怖がらせるというよりも、
異界からの使者を使って
現世の人間の行いを振りかえさせる、
という趣旨なのでしょう。
私たちも襟をただしましょう。
ギャスケルの本作品を味わいながら。

(2024.10.28)

〔「ギャスケル短篇集」岩波文庫〕
ジョン・ミドルトンの心
婆やの話
異父兄弟
墓掘り男が見た英雄
家庭の苦労
ベン・モーファの泉
ジリー・リー
終わりよければ

〔ギャスケルの本はいかがですか〕
残念ながら、本書2冊以外、
絶版状態のようです。
以下のような本が
入手しやすいようです。
「女だけの町」(岩波文庫)
「シルヴィアの恋人たち」(単行本)
「メアリ・バートン」(単行本)

〔岩波文庫はいかがですか〕

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「赤毛のレドメイン家」
「日本語はおもしろい」
「幽霊の墓」

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