殺人事件をまったく解明できない「ぼく」
「三人の死体」
(フィルポッツ/武藤崇恵訳)
(「孔雀屋敷」)創元推理文庫
「三死体」(フィルポッツ/宇野利泰訳)
(「世界推理短編傑作集3」)
創元推理文庫
西インド諸島
バルバドス島において
一夜のうちに三人もの人間が
殺害される事件が起きる。
ロンドンの探偵事務所に勤める
「ぼく」は、現地に派遣され、
調査を進めるが、
何一つ手掛かりはつかめず、
仮説も立てられなかった。
しかし…。
「赤毛のレドメイン家」
「だれがコマドリを殺したのか?」の
イーデン・フィルポッツの短篇作品で
最も有名なのが
本作品「三人の死体」でしょう。
ながらく
「世界推理短編傑作集3」に収録された
宇野利泰訳の本作品しか短篇作品は
読むことができなかったのですが、
新訳の短篇集が登場し、
再びフィルポッツが
脚光を浴びるようになりました。
〔主要登場人物〕
「ぼく」
…語り手。探偵事務所の若い所員。
所長に代わってバルバドス島に赴き、
事件の調査を行う。
マイケル・デュヴィーン
…「ぼく」の務める探偵事務所長。
調査報告から事件を解決する。
エイモス・スラニング
…バルバドス島で農園経営で成功した
人物。双子の兄が殺害され、
調査をデュヴィーンに依頼する。
ヘンリー・スラニング
…エイモスの兄。殺害される。
ジョン・ディグル
…スラニング兄弟の農園に
雇われている黒人。
スラニング兄弟に忠実に仕える。
ヘンリーとともに殺害される。
ディグル夫人
…ジョンの妻。
ジョンの性格について証言する。
ソリー・ローソン
…農園に雇われている若者。
素行が悪いがスラニング兄弟に忠実。
ヘンリーとジョンの二人と同じ夜に
殺害される。
メアリー・ローソン
…ソリーの母親。
ソリーの性格について証言する。
メイ・ウォレンダー
…ヘンリーが求婚した女性。
ヘンリーの求婚を断る。
本作品の味わいどころ①
「島」での殺人、しかし手掛かりなし
舞台設定が素晴らしいと感じます。
ロンドンから大西洋を渡った
西インド諸島バルバドス島。
名探偵と思われるデュヴィーン所長が
出向くことができない(船旅が苦手)、
そして「島」という限定された空間で、
他所からの人間の出入りが
限られている、そうした
舞台設定によって可能となる展開です。
「島」でのミステリというと、
横溝正史の「獄門島」「悪霊島」を
連想しますが、
そうしたドロドロの因縁で繋がった
人間関係などは登場しません。
そもそも殺害された三人のうち、
ヘンリーとジョンについては
まったく他人から恨まれるなどと
いうことが考えられない人柄です。
しかも彼らが死んで得をする人間も
いないのです。
やや離れた場所からの猟銃による殺害。
自殺ではなく、他殺であることは
間違いないのですが、では誰が?
さらにはもう一人の死体
ソリーについても、
同じ犯人によるものなのか、
それとも別個の殺人なのか?
手掛かりがまったく登場しない中で
物語は進行していきます。
探偵役の「ぼく」も頭を抱えるのですが、
それは読み手も同様です。
事件の全貌をつかめないのです。
その困惑こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
本作品の味わいどころ②
事件をまったく解明できない「ぼく」
主人公が何らかの手掛かりを見つけ、
事件を解決する。
当たり前の展開を予想していると、
見事に裏切られます。
「ぼく」は仮説すら
立てることのできないまま、
すごすごとロンドンに
引き上げざるを得なくなるのです。
茫然自失する「ぼく」。
しかし読み手もまた同様なのです。
やはりその茫然自失こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
本作品の味わいどころ③
デュヴィーン所長はどう解決する?
いったい残りの紙面で
どうやって解決するのか?
それを成し遂げるのが
所長デュヴィーンなのです。
部下の「ぼく」の調査資料をもとに
推理する。
いわゆる安楽椅子探偵です。
その推理の組み立ては
見事というしかありません。
爽快なまでの謎解きです。
というわけで、その爽快感こそが、
本作品の最後にして最大の
味わいどころとなってくるのです。
もっとも、
事件の全容を解決したというよりも、
被害者三人の性格を考えた場合、
このような仮説が
矛盾なく説明できるという「推測」を
まとめただけに過ぎないといえば
それまでです。
手掛かりがまったくないのですから、
それ以上はできないのです。
それでも本作品の味わいは、
犯人は誰か?でもなく、
なぜ殺したのか?でもない、
まったく新しい舌触りを
創り上げるのに成功しているのです。
やはりフィルポッツ、
読み応えがあります。
ぜひご賞味ください。
(2024.11.1)
〔関連記事:フィルポッツ作品〕
〔フィルポッツの本はいかがですか〕
創元推理文庫からは上の二作品以外にも
「溺死人」「灰色の部屋」「闇からの声」の
3点が刊行されているのですが、
現在絶版です。復刊を望みます。
なお、単行本で二冊、流通しています。
〔「孔雀屋敷」〕
孔雀屋敷
ステパン・トロフィミッチ
初めての殺人事件
三人の死体
鉄のパイナップル
フライング・スコッツマン号での冒険
〔「世界推理短編傑作集3」〕
三死人 フィルポッツ
堕天使の冒険 ワイルド
夜鶯荘 クリスティ
茶の葉 ジェプスン&ユーステス
キプロスの蜂 ウィン
イギリス製濾過器 ロバーツ
殺人者 ヘミングウェイ
窓のふくろう コール
完全犯罪 レドマン
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