「豊かさの条件」(暉峻淑子)

私たちが目指すべき方向性を示した処方箋

「豊かさの条件」(暉峻淑子)岩波新書

政治・経済の世界がどうであれ、
私の生活には関係ない。
今日の生活はあしたも続く…。
漫然とそう考えて
生きていた人達も、
日常生活をゆさぶる
この振動の中に、
自分の生活が
巻き込まれていきそうな
恐れを感じている。
日本社会の…。

暉峻淑子氏の岩波新書刊の著作を
三冊(本書、「豊かさとは何か」、
「社会人の生き方」)ほど持っています。
あまり新書本を再読しないのですが、
氏の三冊だけは
これまで何度か再読しています。
本書も10年ぶり、
3度目の再読となります。
再読の度に、社会の在り方を考え、
自身の生き方を振りかえる
契機となっている一冊です

〔本書の構成〕
はじめに
第一章 斬り裂かれる労働と生活の世界
第二章 不安な社会に生きる子ども達
第三章 なぜ助け合うのか
第四章 NGOの活動と若者達
第五章 支えあう人間の歴史と理論
希望を拓く―終章に代えて
あとがき

本書の味わいどころ①
現代の日本社会への鋭い指摘

「第一章」では、
バブルが弾けた今世紀初頭、
高失業率を迎えた
日本の労働者の置かれた環境と、
そこから見えてくる
「豊かではない」日本の現状について
解説しています。
長く続いたデフレの時代の
原因としくみを、
分かりやすく説明するとともに、
無策な行政と
視野狭窄に陥っている企業を、
厳しく糾弾しています。

続く「第二章」では、そのしわ寄せが
若い世代に及んでいる実態を、
データをもとに指摘しています。
この頃(2000年頃)から
大学卒業者の就職難が続き、
正社員ではない働き方
「非正規社員」が出現しました。
当時、「フリーター」などと
響きのいい言葉で
ごまかされていた実態を、
「一種の形を変えた
失業状態にほかならない」と
断罪しています。

初読から20年経った今でも、
その状況は大きくは改善されていない
(現代は「人手不足」となっているが、
正社員としての採用が
大きく広がったのではない、
安い労働力が「不足」しているのである)
ことに気づき、愕然とさせられます。
20年前の指摘は、そのまま
現代社会に当てはまるのです。
現代社会の問題点を
次々に鋭く指摘していく筆者の論旨を、
まずはじっくり味わいましょう。

本書の味わいどころ②
本当の意味での多様性の尊重

「多様性の尊重」は、近年、
いろいろな場面で
いわれてきている言葉です。
しかし20年以上前に、
その意味するところを深く掘り下げ、
本質的な部分を語っているのが
本書の特徴です。

特にこの頃、
増え始めた不登校の実態を取り上げ、
それは学校が競争社会の
縮図となっていることが一因であると
指摘しています。
「競争する教室の中から、
 何が生まれるのだろう。
 成果主義で競争する社員同士が
 情報を隠し合う姿に
 似てはいないか」

規則で縛られた日本の
学校システムについての記述には、
違和感を感じる方も
いらっしゃるのではないかと思います。
「集団には規則が必要だろう」と。
私もかつてそう感じていました。
しかしそれは日本の
一学級あたりの人数が多すぎることに
起因しているのです。
私の経験上のことですが、
20人前後の集団であれば、
自ら考えて行動を律したり
正したりすることができるのです。
筆者の述べていることに
賛同したいと考えます。

その上で、助け合うこと、
支えあうことがなぜ必要なのか、
筆者はいくつもの事例を挙げて
説明しています。
私たちの社会に何が必要なのか、
再読してなお、
新しく気づかされることばかりです。
私たちの日本を
より暮らしやすい社会にするために
何を目指すべきかという筆者の提言を、
次にじっくり味わいましょう。

本書の味わいどころ③
新しい資本主義社会への提言

社会主義や共産主義が、
国家のシステムとして
優れたものではないことは、
国境線を力で変更しようとしている
二つの大国を見れば理解できます。
しかし私たち日本が採用した
資本主義社会もまた
万能ではないことも、
かの大国を見ればわかります。
著者はこれまでの「競争」を原理とした
資本主義の在り方の問題を整理し、
その上で
新しい資本主義社会の在り方を、
「第四章」「第五章」において
提言しています。それは
即効性があるものではないのでしょう。
しかしきわめて明確に
私たちが目指すべき方向性を示した
処方箋となっているのです。

そしてそれは、
これまでなかったものではなく、
むしろ歴史を振り返ると市民レベルで
いくつも見られてきたことなのだと
気づかされます。
新しい社会をつくるのは
不可能ではない、そう力強く背中を
押されているような気になるはずです。
希望の見えにくくなっている社会に、
それでも光を見つけようとする
筆者の前向きな意志こそ、
最後にたっぷりと味わうべき
本書の肝となっているのです。

さて、このような良書が
刊行していたにもかかわらず、
それからの20年、
日本は変わることはなく、
私たちの給料も上がることはなく、
精神的な豊かさが
とうに失われていたことに加え、
物質的金銭的豊かささえいつの間にか
消えてなくなってしまっていました。
本書を改めて読み直し、
大人の一人として反省しています。
もっと関心を持つべきだった、
もっと自分のこととして
考えるべきだった、
もっと行動として表すべきだったと。
若い世代のあなたに
強くお薦めしたい一冊です。
ぜひご賞味ください。

(2024.11.4)

〔関連記事:「社会人の生き方」〕

〔暉峻淑子の本はいかがですか〕

〔岩波新書はいかがですか〕

JoeによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「ダイヤモンドのレンズ」
「飛ぶ男・さまざまな父」
「異父兄弟」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA