「身替わり花婿」(横溝正史)

この横溝らしからぬ作品、実は…

「身替わり花婿」(横溝正史)
(「誘蛾燈」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
   短篇コレクション④」)柏書房

紳「こら、起きろ」
言われてハッと
眼を覚ましたアーサー、
また巡回のお巡りさんかと
思ったから、
ア「旦那、どうぞ御勘弁なすって」
伸「勘弁しろ?貴様何かおれに
 謝らねばならんようなことを
 したのか」
ア「そういうわけじゃ… 。

横溝正史が昭和11年に発表した
短篇作品です。何やら文体が変です。
日本ミステリ史の源流に位置する
黒岩涙香快楽亭ブラックが、
このような文体の作品を
書き上げているのですが、
横溝はそれを意識していたものと
考えられます。
しかも舞台はイギリス・ロンドン。
どんな筋書きが展開するのか?

〔主要登場人物〕
アーサー・ルラン

…ホームレスに身を落としたが、
 謎の紳士にそそのかされ、
 貴族になりすます。
ロナルド・ヒューム
…インド帰りの大尉。
 アーサーはこの男になりすます。
紳士(ジェラルド・リプトン大佐)
…公園のベンチに野宿している
 アーサーを見つけ、
 贋貴族に仕立てる。
 ヒューム大尉の叔父。
ハアミリオン姫
…故バーソロミウ・リプトン卿の姫君。
 ヒューム大尉との結婚を条件に、
 莫大な遺産を受け取る予定。
メリー…?

本作品の味わいどころ①
講談調の語り口、新たな横溝コントか

横溝正史のミステリとは思えない文体。
いわゆる講談調です。
前述した黒岩涙香や快楽亭ブラックの
文体と似ています。
読んでみると、
不思議なテンポ感が心地良く感じます。
流れるように読み進められるのです。
この「軽さ」が本作品の特徴であり、
後年の金田一シリーズしか
読んでいない方は驚かれると思います。
横溝の初期作品にはコントも多く、
本作品もその一つかと思うと、
決してそうではありません。
講談調の語り口と
コントのような風合いを、
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
遺産相続、替え玉結婚、事件の予感が

横溝正史のミステリとは思えない
舞台設定。
なんとイギリス・ロンドンです。
この点も涙香・ブラックの作品と
似ています。
この両者は自らの創作というよりも
海外作品の翻案が主でした。
したがって舞台も英国のものが
多かったのです。
しかし横溝の本作品は完全な創作。
なぜ舞台がイギリス?

実はそこに英国流の遺産相続のしくみが
活かされているからです。
日本を舞台にしてしまうと、
遺産相続はどうしても
どろどろしたものとなり、
殺人事件が登場してしまうのでしょう。
本作品は舞台を海外に移すことにより、
筋書きが明るさを保ったまま、
「遺産相続」と「替え玉結婚」という
怪しい事件に結びつく要素を
からりと仕上げています。
この、事件が起きそうで起きない、
どこまでも明るいテイストを、
次にしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
最後に大きな仕掛け、やはりミステリ

というわけで、
事件らしいものは起きないのですが、
事が露見し、
アーサーは逮捕、服役します。でも、
そこから本作品の山場が訪れるのです。
最後に大きな仕掛けが用意されていて、
やはり最高級のミステリとしての姿を
現すのです。
これについてはぜひ読んで
確かめてくださいとしか言えません。
さすが横溝と読み手を唸らせる、
終末の大きな仕掛けを、
最後にたっぷりと味わいましょう。

さて、この横溝らしからぬ作品、
実は雑誌掲載時、
「阿部鞠哉(アベ・マリヤ)」なる
別名で発表したとのこと。
もしかしたら当時
本作品にふれた読者たちは、
これが横溝の作品だとは
思わなかったのではないでしょうか。
新手の海外翻案作品か、ぐらいの感覚で
読み飛ばした可能性もあります。

この別名発表については、
文庫本巻末の解説に、
「本名で書いた他の小説と
衝突する危険があったから」と、
横溝自身の弁が掲載されています。
「他の小説」とはどれを指すのか、
「衝突する危険」とは
具体的にどんなことなのか、
ここにも「ミステリ」が含まれています。

それはともかく、横溝らしからぬ
明るくハッピー・エンドな一篇、
ぜひご賞味ください。

(2024.11.8)

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(2024.11.13)

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〔柏書房「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション④誘蛾燈」〕

妖説血屋敷
面(マスク)
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