「悪魔ドゥベモオ」(安部公房)

「悪魔」、「彼」、そして「創造」をどう読み取るか?

「悪魔ドゥベモオ」(安部公房)
(「題未定 安部公房初期短編集」)
 新潮文庫
(「安部公房全集001」)新潮社

人間よ。
私の声を聞くがよい。
私は人間の王だ。
人間の運命だ。
そして私の運命として
定められた一万年は
もう真近にせまって来た。今年は
悪魔暦九千九百四十八年だ。
後五十二年で私も亡びるだろう。
神々も死ぬだろう。
人間も…。

安部公房の初期短篇作品です。
「悪魔ドゥベモオ」の表題が示すとおり、
悪魔が登場するのですが、
どう読み取るべきか?
SFやホラーの類いではなさそうです。
例によって安部初期作品特有の
難解さに満ちた作品です。

〔登場人物〕
「彼」(加地伸)

…元文部技官。
 アパートの自室で悪魔と対話する。
 著作を出版するため、
 別れた妻と接触を試みる。
「悪魔」
…「彼」の部屋の壁の割れ目から登場し、
 「彼」と対話する。
 神の右手であったが、
 神の怒りに触れ、切断され、
 悪魔となった。
「妻」
…兄弟が出版業を営んでいる関係で、
 元夫である「彼」から
 相談を持ち掛けられる。
達夫
…「彼」の長男。「妻」に代わって
 「彼」の原稿を受け取りに現れる。

本作品の味わいどころ①
「実存」をたびたび口にする悪魔

本作品の悪魔は、
かつて神の右手であったものが、
神の怒りを買い、切り離されて
悪魔となったという設定です
(したがって本作品で述べられる「神」は
右腕が欠損している)。
聖書でもそのような形で
説明されているのかと思い、
いくつか調べてみたのですが、
見当たりません。
安部の解釈した
「悪魔観」なのかもしれません
(禁断の実の実を食すよう
人間をそそのかし、神に背くよう
誘導したことは聖書どおり)。

その悪魔が「彼」に対して
語りかけるのですが、
その言葉にはしばしば
「実存」というワードが登場します。
だとすれば、本作品に現れる悪魔自体が
存在しないものである可能性が
高くなってくるのです
(もともと悪魔は存在しないのですが)。
「俺のことは俺にとっても無なんだ」。
終末の悪魔の台詞です。
本作品の悪魔は
いったい何を擬えたものなのか?
「実在」をたびたび口にする
悪魔の存在の意味するところを考える、
それが本作品の
第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
人間的感情から離れていく「彼」

悪魔は、「彼」自身が生み出した幻影と
捉えることが最も自然と考えられます。
「彼」は悪魔と対話しているのではなく、
自らの心と
自問自答していたのかもしれません。
いや、それどころか
自らを「神」と見立てていた
可能性すらあります。
なぜなら「彼」は何らかの事情で
隻腕(右腕肩離断)、
神も右腕を
自ら切り落としているのですから、
両者はその外見において重なります。
つまり、失われた自身の右腕に対する
「彼」の思いが、悪魔の姿として
現れたと考えることができるのです。

そのせいか、「彼」の言動からは、
人間としての感情が
失われていく様子がうかがえます。
母親の代理で
原稿を受け取りに来た息子に対し、
「時間を埋めるために
やっきになって喋って」みたり、
「意地悪く無関心を装って」みたり
しているのです。
そこに父親としての愛情は
感じられません。
「彼」はなぜ変わったのか?
何のために変わったのか?
「彼」を変えさせたものは何か?
「彼」もまた何かの暗喩としての
存在なのでしょう。
人間的感情から離れていく
「彼」の姿の意味するところを考える、
それが本作品の
第二の味わいどころといえるのです。

本作品の味わいどころ③
青年期の安部の思考する「創造」

どうやら「彼」は
文部技官というエリートコースから
離脱し、作家を志した人間のようです。
悪魔との対話から生み出された作品
「悪魔の生涯」を、何とかして
出版にこぎ着けようとしているのです。
自らを創造主「神」に見立てた「彼」は、
悪魔との対話の中で
「創造」の本質を悟っていくのです。
その「創造」とは
どのような行為を想定しているのか?
人間ではなくなることが
「創造」に資することなのか?
右腕を失ったことが
「創造」とどう関わるのか?
だとすれば「右腕」とは何の暗喩か?
そこに青年期(本作品執筆時24歳!)の
安部の思考する、いや、
試行錯誤していた「創造」の本質が
隠されているのでしょう。
それこそが本作品の最大の
味わいどころとなってくるのです。

日本を代表する作家の一人、
安部公房が作家として歩み出した当時の
逸品です。
難解であり、簡単にはその旨味を
味わうことはできないのですが、
それこそが読書の楽しみです。
ぜひご賞味あれ。

(2024.11.18)

〔「題未定 安部公房初期短編集」〕
(霊媒の話より)題未定
老村長の死(オカチ村物語(一))
天使
第一の手紙~第四の手紙
白い蛾
悪魔ドゥベモオ
憎悪
タブー
虚妄
鴉沼
キンドル氏とねこ
 解題 加藤弘一
 解説 ヤマザキマリ

〔「安部公房全集001」〕
問題下降に依る肯定の批判
題未定(霊媒の話より)
秋でした
中埜肇宛書簡 1
中埜肇宛書簡 2
中埜肇宛書簡 3
或る星の降る夜
旅よ
中埜肇宛書簡 4
旅出
阿部六郎宛書簡
神話
僕は今こうやって
いてつける星
中埜肇宛書簡 5
君が窓辺に
もだえ
夜の通路
ひとり語
中埜肇宛間簡 6
ユァキントゥス
詩と詩人(意識と無意識)
嵐の後
歎き
静かに
暁は白銀色に
中埜肇宛書簡 7
観る男
そら又秋だ
誠に愛を
僕のふれたのは
友来てぞ
没落の書
老村長の死(オカチ村物語1)
没我の地平
中埜肇宛書簡 8
第一の手紙〜第四の手紙
様々な光を巡って

化石
厚いガラスや
白い蛾
無名詩集
中埜肇宛書簡 9
中埜肇宛書簡 10
終りし道の標べに
四章・書出しに
牧草
中埜肇宛書簡 11
中埜肇宛書簡 12
悪魔ドゥベモオ
憎悪
異端者の告発
タブー
生の言葉
Memorandum1948
名もなき夜のために

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「死に急ぐ鯨たち・もぐら日記」
「パニック」
「誘惑者」

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