「続蘿洞先生」(谷崎潤一郎)

続「記者に覗かせ、読み手に覗かせる」

「続蘿洞先生」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅡ」)中公文庫

蘿洞先生が近頃
奥さんを貰ったと云う噂がある。
真偽は保證の限りでないが、
しかし先生のことであるから、
こっそり世間に知らせずに
結婚し、何喰わぬ顔で
澄ましていると云うようなことも
ないではなかろう。
今回も亦妙な因縁で…。

先週とりあげた「蘿洞先生」の続編です。
前作からは数年後、A雑誌記者は
転職してB雑誌記者となり、
今度は蘿洞先生と
深く関わることになります。
前作をとりあげた際、
味わいどころの一つに
「記者に覗かせ、読み手に覗かせる」を
挙げましたが、
今回もその傾向は変わりません。
さて、谷崎潤一郎は今作で、
どんな「覗き見」を
読み手にさせるのか?

〔登場人物〕
蘿洞先生

…哲学者。気難しい性格。
 何やら怪しげな趣味を持つらしい。
B新聞記者
…前作A雑誌記者雑誌記者と同一。
 劇場で蘿洞先生を見かけ、
 一座の女優を調べるよう依頼される。
生野真弓
…一座の美人女優。「鼻ふが」。
 素足を誰にも見せない。
「小女」
…蘿洞先生宅の元女中。
 前作「小女」と同一。

劇場で数年ぶりに出会った二人が、
再びこんにゃく問答を繰り広げる…
のかと思うのですが、
今回はなんと蘿洞先生から
記者に対して質問しているのです。
「あの中に生野真弓と云うのがいるね」
「あれは私は存じませんが」
「君、あれを調べて貰えんかしら?」
「へえ?」
「あれは、おかしいんだよ」
「おかしいと申しますと?」
「気が付かんかね?」
「さあ、どんな事ですか」
「セリフを云わなかったろう?」
「はーあ、そうでございましたか」
「いつもそうなんだよ、あの女は」
「するとあの女は唖ですかな。」
「素足を出したことがないんだよ」
「素足を?」
「うん、………」

さて、生野真弓という「鼻ふが」
(鼻がふがふがの発音となる)美人女優に
興味を示した蘿洞先生、
いったい何を画策しているのか?

本作品の味わいどころ①
蘿洞先生結婚の噂の真偽はいかに

冒頭の、蘿洞先生の結婚話の
噂の真偽ですが、
結論を書いてかまわないと考えます。
ずばり、結婚していたのです。
本作品は、それを記者が確かめるまでの
経緯が筋書きとなっているのです。
相手は芝居小屋一座の不思議な女優。
二人はその娘を
「鼻ふが」女優と呼びます。
鼻がふがふがした
話し方しかできないからなのだとか。

結局、最後の場面で
谷崎はあっさりと書いています。
「此の前小女が腰かけていた
 俎板のようなデスクの上に
 今度はパジャマを来た真弓夫人が
 腰をかけ、
 脚をぶらんぶらんさせている」

さも当然のように書いているのです。
「実は…」という形ではありません。
谷崎は、蘿洞先生の妻の正体を
問題にはしていないのです。
では蘿洞先生は、
「鼻ふが」女優のどこに惚れたのか?
それをぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
それこそが本作品の
第一の味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ②
蘿洞先生は女優と何をしている?

ここで注目すべきは、前回登場し、
蘿洞先生といけないことをしている
(ことを仄めかされた)「小女」が、
解雇されていることなのです。
ここからは、結婚して
「小女」がもう用済みになったと
いうことが読み取れます。
まあ、新妻を迎えるのですから
当然なのですが。

その「真弓夫人」もまた、日中、
パジャマ姿で現れているのです。
しっかりと「小女」の代役、いや、
それ以上の働きをしていることが
想像できます。
続編でも谷崎は、
わずかな事実のみを小出しにし、
本当に書きたい部分を書かず、
それを読み手に想像させるという
手法をとったのでしょう。
蘿洞先生は妻に迎えた「鼻ふが」女優と
どんなことをしている?
それをぜひ読んで
想像していただきたいと思います。
それこそが本作品の第二の
味わいどころとなっているのですから。

本作品の味わいどころ③
記者に覗かせ、読み手に覗かせる

結局、またもやB雑誌記者が
最後に覗いて、物語は完結します。
前述したように、真弓夫人と
サディスティック趣味を
満喫しているらしいことを匂わせて
終わるという、巧妙な幕引きです。

加えて、夫人の欠けた足の指を
精巧な義指をつくり、
補おうとしている場面が
加えられています。
ここには脚フェチ谷崎の
本領発揮というべきところでしょうか。
この「どうぞ覗いてください」と
いわんばかりの仕掛けこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
ぜひしっかり覗いて見ましょう。

「蘿洞先生」と「続蘿洞先生」、
当然のこととしてこの二作品は、
連続して味わうべきです。
ぜひご賞味ください。

(2024.11.21)

〔青空文庫〕
「続蘿洞先生」(谷崎潤一郎)

〔「潤一郎ラビリンスⅡ」〕
饒太郎
蘿洞先生
続蘿洞先生
赤い屋根
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〔関連記事:潤一郎ラビリンス〕

「潤一郎ラビリンスⅩ」
「潤一郎ラビリンスⅧ」
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