時代特有の「しなやかさ」と「たくましさ」
「ツンバ売りのお鈴」(舟橋聖一)
(「百年文庫060 肌」)ポプラ社
執筆のために
「私」がカンヅメにされた旅館。
一度目の宿泊では
仲居が数えた紙幣が二枚不足、
二度目には
財布が行方不明となる。
それは仲居の鈴音の
仕業であることが判明する。
後日、「私」は
旅館から暇を出された彼女と
再会するが…。
舟橋聖一の作品を初めて読みました。
何かと「私」の世話を焼きたがる
仲居のお鈴ですが、
色恋ものに発展するのかと思いきや、
「私」にはそのような気持ちが
まったくなく、
読み手の予想に反した方向に
展開していきます。
簡単に言うと、
裕福な作家と女掏摸の物語です。
〔登場人物〕
「私」
…作家。出版社からの要請で旅館
「九重荘」に二度ほどカンヅメとなる。
鈴音(お鈴)
…旅館九重荘の仲居だった。
暇を出された後、
「ツンバ売り」となり「私」と再会する。
本作品の味わいどころ①
裕福で寛大、女遊びをしない作家の「私」
冒頭、幼い頃の話題として
近所に女郎屋があったことを
記していること、
九重荘の仲居・お鈴が
早々と科をつくって
「私」に接していること、
さらには初日に「私」が床につくとき
シャツを脱がせて入るよう
促していることなどからして、
色恋ものの展開かと
思ってしまいました。実際、
「鈴音の肉体の圧感が、
妙に生ま生まと、私の五体に
伝わってくるのを感じた」
のですから、作者・舟橋は
そうした方向へ読み手のミス・リードを
誘っているのは間違いなさそうです。
ところが、「私」はそちらの方面には
まったく興味を示さないのです。
完全に肩透かしを食らうのですが、
以降の展開は、
お鈴の誘いにまったく乗らない
「私」が描かれていくのです。
このお鈴によって「私」は、
一度目は二千円、二度目は二万円、
再会したときには
三万円奪われているのです。
1950年当時ですから、
かなりの金額であるはずです。
作家が「私」を主人公にする際は、
多くの場合、貧乏で困窮していることが
多いのですが、
舟橋の描く作家「私」は、どうやら裕福、
そのために寛大であったようです。
その「私」の人の良さこそ、本作品の
第一の味わいどころといえるのです。
本作品の味わいどころ②
罪悪感もなく屈託もない女掏摸師「お鈴」
「私」から二度も三度も
金を巻き上げるお鈴は悪人なのか?
どうも根っからの悪人では
なさそうであり、どことなく
人を食ったようなところが
不思議な魅力となっているのです。
「私」とは異なり、
金銭的に窮しているからのことと
考えられます。それでいて
暗さは微塵も感じられません。
明るく爽やかに
金を巻き上げているのです
(表現としてはどうかと思いつつ)。
おそらく「私」に近づいたのも、
金払いが良さそうに
見えたからなのでしょう。
そのお鈴の明るさこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
ところで
九重荘を解雇されたお鈴がはじめた商売
「ツンバ売り」とは何か?
どうやら風俗業の女性用の
下着売りということのようです。
「ツンバ」とは「パンツ」の
逆さ言葉を濁らせたもの、
そのパンツも「Gスト」やら「肉ツン」やら
ネットで検索しても不明の、
当時の業界用語で説明されています。
このあたりも
味わいの一つかもしれません。
本作品の味わいどころ③
時代特有の「しなやかさ」と「たくましさ」
「私」とお鈴、その二人が
筋書きの大部分を占めます
(「私」の「妻」が登場するが、
筋書きには絡まない)。
戦後の時代を生き抜く二人の生き方が
対照的です。
「私」の「しなやかさ」と
お鈴の「たくましさ」。
混乱期を抜け出した日本において、
成功を収めたであろう者と
そうでなかった者、
どちらもしっかりと
生き抜いているのです。
その両者の生き方に触れることこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
さて、色仕掛けをしているお鈴に、
「私」はまったく
興味を示さないのですが、
作者・舟橋自身は
相当女遊びが派手だったようです。
主人公が「作家の私」である場合、
多くは私小説的要素を
含んでいるのですが、
本作品の「私」は作者・舟橋とは
正反対の性格のようです。
それはともかく、
不思議な味わいのある作品です。
ぜひご賞味ください。
(2024.11.26)
〔舟橋聖一の本について〕
作品の多くがやはり絶版中ですが、
以下の本が現在紙媒体として
流通しているようです。
電子書籍では
さらにいくつか見つかります。
舟橋の代表的な作品としては、
以下のものが挙げられますが、
古書をあたるしかなさそうです。
「雪夫人絵図」
「源氏物語」
本作品は中央公論社から刊行された
次の一冊に収録されています。
「日本の文学 54 舟橋聖一」
〔「百年文庫060 肌」〕
交叉点 丹羽文雄
ツンバ売りのお鈴 舟橋聖一
金色の鼻 古山高麗雄
〔百年文庫はいかがですか〕
【今日のさらにお薦め3作品】
【こんな本はいかがですか】